日々、日々。

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ノート

自我とそれに付随するもの

私の母は英文学専攻でした。

それに影響されてか、私は物心ついた頃から英会話教室へ通い、父と母の本棚からは欧米文学を好んでよく読んでおりました……逃げ込んでいたという表現のほうが正しいかもしれません。父は有名大学卒業生で堅い仕事、母は専業と、一見、順風満帆な幸福な家庭でした。見てくれは良いものの、気を抜いてしまえば崩れ落ちてしまうような、いわば、砂上の楼閣。そんな不誠実な時間を幼少期より積み重ねて

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眼の奥の思想を辿る

実を言うと、人の視線が怖いのです。
被写体なんてしているのに、どの口が?と思われるかもしれませンが、怖いのです。ハッと何かを感じてそちらの方を見ると、誰かが見ているということがたまらなく怖い。

眼が怖い。
眼が合ってしまうことが怖い。
視線を合わせてもなお外されないということは、何か意思を持って私を見ていたということなのではないか、と思ってしまいます。
それがたとえ、プラスだろうが、マイナスだろ

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平成30年のあとがき。

人を信じるなんて無謀なことだと思います。
とても不確定で、液体だと思って触れていたのに、いつの間にか空気になってゆらゆらとどこかへ行ってしまうようなことばかり。
血族だろうが、恋人だろうが友人だろうが、人間は常に不確定要素のど真ん中にいます。
そんなものを信じたいだなんて向こう見ずだ、としか形容できません。

だから、生活の中ではとにかく気をつけています。
人に頼らないように、独りでも大丈夫なよう

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