老いない魔女2

■2 老いない魔女と湖畔の家

◆青年が湖畔のコテージを訪れる。
 
◆青年
ごめんください。……あのぉ、すみません。
 
◆魔女
聞こえてるよ。
 
◆青年
わっ……!
 
◆魔女
悪いけど裏に回って。
そのドア、建てつけ悪くってさ。

◆青年
は、はぁ……。
 
◆魔女
ふぅ……いい風。こんにちは。
 
◆青年
こ、こんにちは……あ、あの……魔女様、ですよね?
 
◆魔女
どうだろ、どうかなぁ……君はどう思う?
 
◆青年
え、いや……魔女様、だと思います。
 
◆魔女
じゃあ、どうして疑問形?
 
◆青年
そ、それは……ええと……想像というか、思ってたより……。
 
◆魔女
その辺の女の子っぽい?
 
◆青年
い、いや! そんな、そこまで乱暴な括りは……!
 
◆魔女
大丈夫、わかってるから。
そりゃま、魔女って雰囲気じゃないよね。
杖も使い魔も大鍋もなし。
湖のほとりで、揺り椅子に座ってひなたぼっこ。
百歩譲って魔女だとしてもさぁ、様は付けらんないでしょ?
 
◆青年
そ、そうなんですか?
 
◆魔女
そうは思わない?
 
◆青年
僕は……別に。
噂には尾ひれが付きますし……。
あなた以外に、魔法使いという人を見たことがないですし……。
こういうものなのかな、と。
 
◆魔女
賢明だねぇ。聡明って言うべきかな?
ところで、君はどちら様?
 
◆青年
あ……ええと、すみません。
祖父から、あなたを尋ねるように教えられて……。
 
◆魔女
おじいちゃん?
 
◆青年
ええ。手紙を渡せば伝わると。
あ……て、手紙はこれです、この手紙。
 
◆魔女
ふぅん……ああ、そっか。
君が、あの時の……あの子の、お孫さんかぁ。
 
◆青年
僕、あなたに会ったことあるんですか?
 
◆魔女
ん……ずぅっと昔にね。
彼、いつだった?
 
◆青年
……15年になります。来週が命日で。
 
◆魔女
そっか。……じゃ、すぐあとか。
 
◆青年
……元気か、とは聞かないんですね。
 
◆魔女
そりゃね。
不老不死って言っても、時間の感覚は変わらないからさ。
あれだけ小さかった君が、今こうしているんだもの。
そりゃ……わかるでしょ。
 
◆青年
そう、ですか……そう、ですよね。
 
◆魔女
んで、君の方は?
 
◆青年
え?
 
◆魔女
だからさ、君、呪われてるんでしょ?
手紙に書いてあったよ。
昔のやんちゃが原因で、孫にまで呪いが飛び火した。
発症したら私のとこに行かせるから、助けてやってくれ、ってさ。
 
◆青年
す、すみません、勝手な祖父で……!
 
◆魔女
いいのいいの。
で、君の呪いは?
この天気で長袖ってことは、腕かな?
 
◆青年
は、はい……左腕です。
 
◆魔女
おお、こりゃまた。
 
◆青年
麻痺っていうのか、なんていうのか。
親指は少しだけ動くんですけど、他はまったく……。
それから、こっちの腕だけ怪我をしないんです。
切っても叩いても、何ともないっていうか。
 
◆魔女
だろうね。見事に私のが跳ね返っちゃってるから。
 
◆青年
あなたの?
 
◆魔女
そうそう、不老不死の呪いっていうのがさ。
君のおじいちゃんが研究してた、私の呪い。
こっちの腕だけにくっついてるね。
 
◆青年
……父は、なんともなかったんですけど。
 
◆魔女
よく言うでしょ。
親より祖父母に似るってさ。
 
◆青年
あの、本当にそんな理屈なんですか……?
 
◆魔女
そういう適当なものなんだよ、魔法だなんだって。
……治せるかどうか、まだわかんないな。
ひとまず調べていい?
 
◆青年
そ、それはもちろん……お願いします。
あ……でも僕、報酬とか……!
 
◆魔女
ああ、いいからいいから。
そだなぁ……住み込みで家事の手伝いしてくれたら、それでいいよ。
 
◆青年
家事……って、え!? 住むんですか!? あなたと!?
 
◆魔女
だって楽じゃんよ、お互いに。
なになにぃ?
見た目がこんな若くて可愛いだと照れちゃうかぁ?
 
◆青年
そ、それは、その……じゃなくて!
いや、まあ……じゃあ、ひとつ教えてください。
 
◆魔女
ん? 何かな?
 
◆青年
……祖父って、どういう人でしたか?
 
◆魔女
……君、難しい質問するねぇ。
 
◆青年
え……そ、そうです?
 
◆魔女
だって、どうって言われてもなぁ。
例えばさ。この辺、秋になると紅葉がすごいわけさ。
 
◆青年
はぁ……? そうなんですか?
 
◆魔女
うん。で、君はそれを見たとして、どう思う?
 
◆青年
どう、って……綺麗?
 
◆魔女
だよね。
じゃあ、その中で一番綺麗な一枚を見つけようとしてさ。
すぐ見つけられる?
 
◆青年
……難しい、と思います。
というか見分けがつくかどうか。
 
◆魔女
そうそう。超難しい。私が言ってるのは、そういう難しいさよ。
でも……ああ、そっか。
 
◆青年
え?
 
◆魔女
や、今喋っててわかったよ。
そんな、綺麗が多すぎる中で、ひとつだけ……。
難しいのに、ひとめでわかる。
……そんな人だったなぁ。
 
◆青年
……好きだったんですか? 祖父のこと。
 
◆魔女
さて、どうかなぁ。
あ、でも君にも言っとくかぁ。
 
◆青年
何をです?
 
◆魔女
じいちゃんみたいに、惚れんなよ?

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