11月30日で退職しました。そして、これからの事について書きます

目次
・退職の経緯
・何をしたかったのか?
・なぜこんな事になったのか?
・これからやりたいこと

11月30日に退職しました。

この度、今年新卒で採用していただいた会社を辞める事になりました。
なぜ退職することになったのか?それは僕が適応障害になったことがきっかけになりました。

ちょっと長くなってしまいますが、良かったら読んでみてください。
今就活している人、これから就活する人の参考にもなるかもしれません。

入社から退職までの経緯

僕が入社した会社は、デザイナーとエンジニアの派遣を行なっている会社でした。
入社時、僕はデザイナーとして企業へ派遣される予定でしたが、会社の都合で上手くいかないことがあり、エンジニアとして派遣されることになりました。

エンジニアとして僕は某有名自動車会社に派遣されたわけですが、、、
わからない仕事内容、慣れない環境、苦手な英語、社会人として初めての人間関係に悩まされることになりました。

やっているうちに慣れる。人間には潜在的に適応するための能力がある(ダーウィンの進化論的)と信じて仕事に向き合い、戦いました。

しかし、慣れない仕事は次々と現れて、自分のペースを確保できない状況が続きます。
朝9時ごろから始まり、定時の18時を過ぎてもお願いされる業務。社会人として慣れていない、肝の座っていない僕は首を縦に振るしかありませんでした。

毎日9時から出社し、18時以降の残業をして、20時頃に帰宅する。ブラック企業というほどではないですが、僕にとってはとても苦痛でした。

家に帰ってもお風呂に入って、夕飯を作りすぐに布団に入ります。僕は1日最低でも7、8時間は寝ないと頭が冴えないので、次の日の仕事に耐えるためにすぐ寝ます。朝起きてご飯を食べてちょっとすると出社の時間になります。

ある日、「なんで自分はこんなことをしているんだろう?」と思いました。「今まで自分は何をしてきたんだっけ?」と思うようになったとき、症状が現れ(重くなり出し)ました。

ストレスが体への異変に

それまで感じていた、肩と首の凝り、腰痛は酷くなりました。また、仕事への不安が高くなってきました。

周囲の人(上司と同期)は頑張っている、上司は新人のために色々教えてくれている。そのために何かやらなくちゃ、、、という自分の中の束縛感が強かったのが原因だったかもしれません。それに答えられるだけの、素早い適応力、効率性はありませんでした。

ある木曜の夜、帰り道に涙が出てきました。家の近くの神社に腰をかけて1時間くらい自問自答をしていました。次の日出社し、その夜は派遣元の人と飲み会がありました。

飲み会で仕事の仕方やアドバイスを聞いて、もうちょっと頑張ってみようと思いました。

しかし、次の朝、いつもの土曜日のはずなのに「あと2日でまたあの仕事か、、、」と思うようになっていました。頭が重くなってきました。その日は本屋さんに本を見に行っていたのですが、本を見ることを楽しめなくなっていました。

日曜日の朝、体がひどくだるく、軽く頭痛もしていました。

適応障害と診断されて休職になる

そして月曜日、いざ会社に向かおうとすると吐き気が自分を襲いました。手足の痺れ、頭痛も感じていました。この日は休むことにしました。しかし、火曜日、水曜日も会社に向かおうとすると同じ症状が起こり、休みが続きました。

僕は精神科に始めて診療に向かいました。診断結果は「適応障害」と言われました。
その日から、僕は休職することになりました。

休職の始め1ヶ月は、自分の症状と向き合いました。何に不安を感じていたのか?いつからこんなことになっていたのか?考えました。以前の自分は、川の水の流れを見るだけでも綺麗で楽しい感じがしていました。しかし、この時は頭が回っていなくて、川を眺めても一切そんなことを考えられませんでした。

休職始めから1ヶ月とちょっと立つと、徐々に頭の中は以前のように戻ってきました。
しかし、感じ方が元に戻っただけで、思考力(モノゴトを考える力)は戻っていないことに気づきました。

そして、もう1ヶ月ほど休職を続けることになりました。僕はこの休職中に、なぜこんな事になったのか?自分が何をしてきたのか?何をしたかったのか?について考えました。

なぜこんな事になったのか?

考えました。結論としては、「人の幸せになるプロダクトデザインをやりたい」という曖昧な考えで就活をしていたこと、そして就活後に進めていた桑沢(専門学校)の卒業制作を通して自分のやりたいことが変化していた事が原因でした。

卒業制作:LE POSTE -パルクール郵便-
https://youtu.be/_E4vdRA0g74


自分が本当は何をしたかったのか?

何をしてきたのか?何がしたいのか?何が好きなのか?を考えた時に出てきたコトが3つありました。

それは、忍者とパルクールとデザインでした。

忍者は小さい頃から好きなもので憧れでした。パルクールは地道に7年間続けてきたスポーツです。デザインは絵を描いたり、モノづくりが得意で好きだったことをスタートに学んでいたことです。

そして、この3つを元に、自分が本当に何をしたいのかを考えることにしました。

退職を決めた日

僕は実はPEANUTS (スヌーピー )も好きです。その中に出てくる名言で

「もし何かをちゃんとやりたいんなら、自分でやるべきだよ」

というセリフがあります。色んなことを考えるうちに、僕はこのセリフを思い出しました。

そして、今のままでは何もできないで終わってしまう。自分と向き合って、自分がやりたいことを実現するために、退職を選択しました。

これからのこと

自分の好きな、忍者とパルクールとデザインを結びつけて、新しいアイデアを考えて発信していこうと思っています。

自分なりのデザインの考え方、「日常を鮮やかに」の理念を心に、人の暮らしが豊かになるようなデザインを考えて行きたいと思います。

まだ大したことをしてないですが、そんなこと出来るわけないだろうと思う人もいるとは思いますが、自分なりに色々考えて、SNSなどを利用して発信していきたいと思います。

その中で、僕のことや、僕の活動、アイデアに興味を持っていただけたら気軽に話しかけてほしいです!

今はまだ何もない僕ですが、いろんな人と繋がり、デザインと忍者とパルクールを通して一緒に楽しく生きていきたいと思っています!

これからどうぞよろしくお願いします!

🥷忍者の思考と精神を身につけるべく、日々修行を行ってますので見届けてもらえると幸いです。あとお仕事のご依頼もお待ちしております🙇‍♂️。サポートは兵糧(ひょうろう)に使わせていただきます。 WEB:https://shinobi-design-project.com/home