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若者のすべて

大学卒業を控えても就職活動を全くしていなかった。やりたい仕事なんかありゃしない。自分は社会不適合者だ。女にも見放され、雀荘のバイトでも店に借金を作る始末。そんな僕にとって映画だけが唯一の心のよりどころだった。

とはいえ映画を観たって金になるわけじゃない。生きていくためには金が必要だ。仕方なく僕は飲食店のアルバイトを転々としていた。どこも長続きしなかった。

当時、僕は知人から紹介された南青山のダイニングバーで働いていた。南青山なんてしゃらくさい場所で働いていることも気に入らなかったし、そこの古株のジジイともとにかく折り合いが悪く(今から思えば僕の勤務態度に問題があったのだけど)、とはいえ知人の紹介ということもあって簡単に辞めることもできなかった。辞めたくて辞めたくて仕方ない。古株のジジイをぶん殴って自らクビになってやろうか。そこまで考えていた。

そんなある日、雑誌「ぴあ」でちょっとしたミニシアターの上映プログラムが目に留まる。ルキノ・ヴィスコンティ監督の「若者のすべて」だ。

貧乏だった僕は図書館を愛用していた。そこで映画関連の書籍も色々読んだ。まだ見たことのない作品。あれも観たい、これも観たい、そんな風に僕の中の「観たい」は日々膨れ上がる一方だった。「若者のすべて」もその中の一つだった。その作品を観る機会がついに訪れた。

これは絶対に観逃すわけにはいかない。満を持しての思いで向かった高田馬場のミニシアター。そこは靴を脱いで入場し、地べたに座り込む座席のない一風変わったミニシアターだった。「こんな映画館があったんだな」と新鮮な気持ちでスクリーンを眺める。

そして映画そのものの衝撃。アラン・ドロン演じるロッコが鮮烈な印象を残した。どれだけの純粋さをもってしても、愛情や善意は必ずしも結実しない。絶望と希望が僕の頭の中でぐちゃぐちゃに入り乱れた。

主人公ロッコのことを「ただのお人よし」と断ずることは僕にはできなかった。むしろこれまでに見てきた映画の中で最も美しいキャラクターだとさえ思う。これほどに悲しくも美しい映画がかつてあっただろうか。

帰り際、何気なく手に取った手作りのチラシを見ると「スタッフ募集」の文字が。

今から20年以上前。僕が映写技師の仕事を始めたきっかけ。

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