フィルム病の根っこ

映画的映画的、、、って何でそんなことを追い求めるのか、理解に苦しむ人もいるだろう。厳密に言うなら僕は「映画らしさ」と同時に「フィルムっぽさ」を追い求める謂わば「フィルム病」のようなものに罹っているのだと思う。

20代半ばの約三年間、僕は映写室の窓越しに 16mm や 35mm のフィルム映像を眺め続ける生活を送った。三年間、毎日のように。それもハリウッドのヒット作なんかはほとんど上映されないマニアックなミニシアターで。白黒のサイレント、ヌーベルバーグ、ネオレアリスモ、ニュージャーマンシネマ、アートシアターギルド、、、。そういうフィルムを映写機にセットしてはその映像を眺める至福の日々。

僕のフィルム的表現への執着は、結局あの時代へのノスタルジーによって導かれている気がする。あの頃の映像体験が僕の感覚の核になっている。あの時代に僕が眺め続けたあの世界を、僕自身の手で写真という手段をもって実現することは不可能だろうか。

2001年公開のゴダール監督作品「愛の世紀」は第二部がデジタルで撮影されている。そのことを認識した上で僕は明確に拒否反応を抱きつつも映画館に足を運んだのだけど、デジタル映像への違和感がほとんどなかったことに驚いた。

デジタルでもやり方次第でイケるんだな。そんな認識が頭の片隅に植えつけられた。

あれから15年余。ふと脈絡もなく「愛の世紀」のことを思い出した。映画の内容はほとんど覚えていない。ただ「デジタル映像が思っていたほどデジタルくさくなかった」という感覚だけが残っている。僕はこのまま今の模索を続ければいいんじゃないか、と改めて思った。

かように僕の「フィルム病」は根深い。


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