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巣鴨

随分昔の話になるのだけど、僕は巣鴨のフリー雀荘で働いていたことがある。お客さんと麻雀を打つのが仕事。勝っても負けても自腹。当時僕は仲間内の麻雀ではほぼ負け知らずだったけど、仕事ではさっぱり勝てなかった。理由は二つある。

一つは、あくまで店員は店員なので、自腹であっても完全には勝負モードにはなりきれない。ルール上の制約もあったし、「お客様が相手」ということで精神的にもマイナススタートだ。だから実際、20人近く在籍していたメンバーのうち、勝ち負けの収支がプラスになっている人は二人しかいなかった。残りはみんな店から借金。元より厳しい世界なのだ。

もう一つは、当時付き合っていた彼女にこっぴどい振られ方をしてメンタルがぼろぼろだったこと。

あの頃の僕はまあまあひどい状態だった。夜な夜な片っ端から色んなやつに電話をかけては話を聞いてもらい、そのくせ誰にも僕の気持ちを理解してもらえない、と本気で感じていた。もどかしかった。たった一人でもいいから理解者が欲しかった。でも見つけることができなかった。

身近な人が誰も理解してくれないなら身近じゃない人でもいい。理解者がどこかにいるんじゃないか。そんな思いで僕は映画を観たり本を読んだりし始めた。それは僕にとっては純粋に「助けを求める」行為だった。

映画「パリ、テキサス」は僕を救ってくれた映画の一つで、特に硝子越しのラストシーンはビデオテープが擦り切れるんじゃないかというくらい何度も繰り返し見た。「I knew these people..」から始まるトラヴィスの独白を全部覚えようとしたくらい好きだ。覚えられなかったけど。

僕もあんな風に、いつか「君」と再会して思いを伝えられるだろうか。たぶん無理だろう。だからトラヴィスの告白に自分の思いを託していた。探し求めていたジェーンとの再会のシーンに、おそらくは叶わないであろう「君」との再会の夢を託していた。

あれからもう約20年。あの時抱え込んだ絶望は、僕の人生を死ぬまで覆い尽くすだろうとあのときは思っていた。でも気付けば「君」のことを考えることもなくなり、色んな人と出会っては別れた。

もう会うことはないだろうし、会いたいと願うこともない。ただ幸せになっていればいいな、ということをボンヤリと考えた。


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きよひこ

カメラ片手に東京周辺をウロウロしています。

コメント1件

写真、イメージがぴったりだったので、小説のタイトルに使わせていただきました。ありがとうございます。
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