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一杯のラーメン

※ヘッダー画像はイメージです。

会社の近くには明治通りが通っていて、その通り沿いは渋谷ラーメン激戦区の一つとして名高い。実に多くのラーメン屋がひしめき合い、しのぎを削っている。

その中で、開店当初に足を運び、非常に不愉快な思いをしたので、ずっと避けていた店がある。別に何かモメ事があったというわけではない。僕が一方的に嫌な思いをしたというだけで、その時店主に悪意があったかどうかは不明だ。ちなみに、某ラーメンデータベースをのぞいてみたら、僕と同じような原因で不愉快な思いをした人の書き込みがあって、「やっぱりな」と思った。ざっくりと説明すると接客態度が気に入らなかったのだ。

こんな店は絶対はやらねえよ。

そう僕は思っていた。そして実際客足が遠のいていることは誰の目にも明らかであった。閑散としたその店の前を通るたび「ほれ見たことか」と意地の悪い笑みを浮かべる僕がいた。

そんなある日、あるキッカケで再びその店に足を運ぶことになった。接客態度は前ほど気にならなくなってはいたものの、居心地が良いとは言えない。しかしその店のラーメンが意外と自分の好みに合っていることに気付いた。値段も他の店に比べるとリーズナブルだし店内も清潔だ。これで接客態度がちゃんとしてりゃなあ・・・などと思いながらも、その後何度か足を運ぶようになる。

その店は昼時はそこそこ混むものの、夜になると異常なほどに閑散としている。僕はそれまで昼時にしか行ったことがなかったのだが、なぜか突然仕事の後に食べたくなって足を運んだ。

客は僕一人だった。

「この店が流行らない理由を教えてやろうか」

なんて店主に話しかけてみようか、などとこれまた意地の悪いことを考えながら出されたラーメンを無表情のまま黙々と食べた。うむ、やはり悔しいがウマイ。これは、豚骨嫌いの僕が美味しいと思える数少ない家系ラーメンだろう。

ほどなくして食べ終わり「ご馳走様」と言って立ち上がった時だった。
店主が突然僕の前までやってきて

「あの、いつも本当にありがとうございます」

と、軽く頭を下げたのだ。まさか、とは思ったのだが彼は僕の顔を覚えていたのだ。(髭&メガネで覚えやすいんだろうけど)

僕の目をまっすぐ見つめるその顔は、まさしく「男」の顔だった。彼は彼なりに、流行らない店の現状と闘っていたのだ。彼の目がそれを物語っていた。

特にそこでは言葉を交わさず僕は店を出た。外を吹く風は冷たかったが、なぜか暖かい気持ちになっていた。きっと熱々のラーメンを食べたせいだろう。

2010年2月4日の日記

その後、この店は三軒茶屋に移転。移転後も何度か足を運んでいる。

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