オフィスめし - MAISEN

かつて映写技師をしていた頃、借金取りから逃げるために不在がちだった支配人が、たまに顔を出しては得意げに差し入れてくれたのがマイセンのヒレカツサンドだった。今でもマイセンのカツサンドを見かけるとあの時代を思い出す。元気にしてるのかなあ、あの支配人。あの頃は、自分が普通のサラリーマンになって、オフィスで同じようなものを食べてるなんて未来は想像できなかった。

僕が働いていた映画館は50人くらいしか入らないミニシアターで、上映ラインナップを決める会議のようなものが定期的に開かれていた。そこで皆、思い思いにあれをやりたい、これをやりたい、ということを話しては「お前ら不勉強だ」と頭ごなしに支配人から怒られていた。実に理不尽な会議だった。

どの映画をどの配給会社が配給していて、フィルムのレンタル代がどの程度なのか、ということを誰も知らなかった。どこで何を調べればそれらの情報を得ることができるのかもわからなかった。当時はまだインターネットも普及していなかったから。

それゆえ必然的に、上映プログラムを提案する根拠が「個人の好み」に偏りがちだった。それで「好き嫌いで選ぶな」とか言われても困るんだよなあ、と論理的に反論できるスタッフは僕も含めて誰もいなかった。いつも無駄に重苦しい雰囲気だった。

僕がその映画館で働き始めて間もない頃、その会議でおそるおそる初めて提案したのが確か「ロベール・ブレッソン特集」だった。「バルタザールどこへ行く」「少女ムシェット」「抵抗」「ラルジャン」。日比谷シャンテで上映が終了してからしばらく時間が経っていて、たまたまどこの名画座でもまだかかっていなかったのだろう。支配人は「ふむ」なんて顔をして、「どうだろうなあ」とかなんとか尤もらしいことをブツブツ言いながら、結局僕の提案は採用されたのだった。

今日、僕が食べたのは「ひれカツサンド」ではなく「大人のベーコンコロッケサンド」だった。あの時とは違うものを選んだ。でもなんだか妙に懐かしかった。

ロベール・ブレッソンは「ラルジャン」が一番好きだ。

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きよひこ

コメント2件

いろいろと 素敵な 思い出ですね。。フランス映画のような
時給300円くらい、借金取りとのバトルなど荒んだ毎日でしたが(笑)、思い返すと不思議とドラマチックではありますね。
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