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チバユウスケの亡くなった2023年を超えて

昨年末チバユウスケが死んだことに対して、なにかを書き残したり発信したりすることに意義を見いだせず、悲しみを自分の内に残したままずっと苦しかったのだけど、noteにアップされているチバユウスケに関する記事を読んでいく内に、すこしずつ心が軽くなる気がして。こうして自分もチバに対する想いを残すことが誰かの何かの足しになるのかもしれないと思って書き残すことにする。

THEE MICHELLE GUN ELEPHANTに出会ったのは高校2年生のときだったと記憶している。

既に活動としては後期であり、「SABRINA NO HEAVEN」が最初に触れたアルバムだ。そもそもミッシェルを聞こうと思ったきっかけは思い出せないが、聞いたときの衝撃はよく覚えている。

とにかくかっこいい4人だった。歌もビジュアルも音も、全て。そんな風に思えたバンドは後にも先にもミッシェル以外なかった。吠えるようながなり声にエッヂの効いたギターサウンド。音楽を聞き始めたばかりの自分には衝撃的で、ロックバンド、かくあるべしが急速に形作られた。自分の中ではロック=ミッシェルであり、この認識は40歳手前の現在におけるまで変わっていない。

中古でアルバムを買い漁り、一通り彼らの音楽を聞いているうちに解散となったが、彼らが残してくれた音楽はずっと自分の支えとなり続けた。何より、まだ脂の乗った4人だったから、いつかは再結成して新しいミッシェルを見せてくれるのではないか、なんて根拠のない希望も抱いていた。

それが打ち砕かれたのがアベフトシの訃報だ。このときのショックは大きくて、その後何年もミッシェルに触れるのが苦しい時期に入る。

自分の中では、ミッシェルが一番で、The BirthdayやROSSOにはどうしても乗り切れないものがあったのだが、アベの訃報で自分の中で神格化が進んだのか、その傾向は益々強くなり、チバの歌声からも遠ざかる日々が続いた。

またチバの歌声に触れるようになったのは実は最近のことで、The Birthdayの曲を漁っている内に、またしても瞬く間にチバが亡くなってしまうことになる。

2023年は、チバに再会し、チバと永遠に別れる。そんな年になった。

チバユウスケの歌声は不思議だ。誰も寄せ付けないような独自の世界を描いているのに、たまらなく惹き寄せられる。孤高なようで、どこか人懐っこさもある。彼の人柄と似たところがあるのだと思う。

彼の最期は、きっといつものように飄々と死に向かっていったはずだ。咥えタバコに缶ビール片手に。
真実はどうあれ、せめて想像の中でくらいは、そんな風に軽やかにこの世から旅立つ姿を描いてもいいだろう。

彼が死んだ後も変わらず世界は廻っている。当たり前に日常に忙殺され、想う時間も短くなる。けれども、チバユウスケという一人の人間が自分の中から消えることはない。彼が見ることのなかった2024年にも、彼の歌声は変わらず響いている。

最後に。さよならではなく、ありがとうを。チバユウスケに。

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