展覧会の絵

今日描いた絵。

絵の具で描くより楽しいかもしれない。絵の具だと塗るだけになってしまいがちですし、色に惑わされてしまうから。もっともっと絵の具を触らなくてはいけない。いじくり回して、いっそ食べられるくらいに、親しくならなければならない。と感じていますがなかなか。

さて今は展覧会のことについて考えています。どうしても僕は展覧会ありきで作品を作りがちなんです。展覧会のことを考えないと、ほんとに作品を作れないです。絵は描けますけど、小さいスケールばかり、同じ絵ばかりになってしまいます。自家発電的なもの。それでもいいのかもしれない。そういうコツコツタイプの画家もいますが、僕はやっぱり展覧会は新鮮で驚きがあった方がいいと思うんです。いつも毎回違うことがしたくなります。と、いっても全部「絵」なのですが。。色々とアイデアを考えるのは楽しい。楽しいだけで具体的なものに結びつかないことも多いんですけど。

僕は「自分の絵」とか「画風」とかいうものに拘りはありません。気持ちよく描けているかどうかが重要なのであって、絵自体はそんなに大事ではありません。いやいや、気持ちよく描ける状態というのは絵がよく見えないことにはハイにはなれないので、結果的に絵の表面はいつも大事なんですが、絵の表面のスタイル、様式はどうでもいいということです。画風を意図して様々にして固定させないということではありません、自分の画風そのものに興味がないということです。つまり、前にこんな絵を描いたから、次も同じような感じで描いてみよう、こうはあんまり思わないわけです。例えばさっきイスの絵を描いて、それがまぁまぁうまく描けたかな?となれば、次はもうイスは描きたくなくなるわけです。もう興味はなくなるわけです。

なんでかというと、同じ絵を二度描くと、決まってよくなくなるのです。これは僕の場合ですが、うまく描けた試しがない。100パーセント悪くなります。僕は絵を描くときに下書きなどしませんが、これも同じ理由です。一発で描いた方が、うまく描けるのです。二度目は決まって失敗作です。しかも、二度目は描いてて非常に気持ち悪い。だから同じ絵を描く意味がまったくないのです。

たぶん二度目は描いているのではないからだと思う。二度目はなぞっている、だけであって、なぞるのは僕うまくないので、うまく描けないし気持ち悪いんだと思う。僕は絵うまくないです。いやしかし下手と言われたらイラッとしますが、僕より上手い人なんてほんとその辺にいますからね。特に写し取る能力がない。辻褄だけ合わしている。これ、たまにほんとズバ抜けて高い人がいます。僕はそんな力ないのでもうただびっくりするだけです。それに僕は集中力もないんです。じっと同じように描くのなんて無理です。ひどいですね。

あれ?もしかしてこれって、ほんとに絵が下手なだけなんじゃないのか??と思えてきたでしょう!いや、実際僕は絵が上手くはないのです。かといって下手なら下手で努力する、そんな努力家でもないのです。だから絵をよく見てもらえればわかる!ということも言いません。絵が上手くない。ですから、展覧会をどうしようか、など考えるわけです。絵が上手くてそれだけで賞賛を浴びることのできる人間はそんなこと考える必要がないのです。

だからいま、どうやったら、上手い下手をすっ飛ばして、道端の花を見るように、絵そのものを感じてもらえるか、を必死で考えています。しかしやはりこんな風にベッドの上であれこれ考えていても妄想に過ぎませんね。実際にやってみましょう。とにかく展示してしまうこと。展示、展示、なによりも、展覧会こそが大事なんです。やっちゃいましょう。話はそれからです。

追記。よく展覧会をやりますと言うと、すごいねと言われるんですが、何にもすごいことはありません。展覧会をするのなんて、誰でも、どんな人間でも、できます。本当に今すぐだってできます。ネットに絵をあげるのだって展覧会ですよ。文章をあげるのだって展示です。誰でも、いつでもどこでも展覧会はできます。もっと言えば作品なんかなくてもできます。身体ひとつで展覧会は出来ます。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?