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出来おとり その4 ヴァート!!!


ゲーム・キャット

 計算によれば、ひと晩に見られる夢は六個が限度と結果が出ている。それぞれには色があり、それぞれに羽がある。青羽は安全な欲望、合法的な夢の色だ。黒羽は密造ヴァート、すなわちやさしさと苦痛を与えてくれる羽で、法律の枠を一歩こえたものだ。(…)黄羽は死の色。間違っても手を出さないことだ。

 ヴァートの幕間には謎めいたゲーム・キャットの独白が挿入される。ゲーム・キャットの話に注意深く耳を傾けることで、作中世界を鳥観(ニャオグヮン)できるという寸法だ。例えば作中のマンチェスターではヒト、犬、ロボ、ヴァート、幻(シャドウ)の5種の生物の間で交配が続いており、一見ヒトの形をしたスクリブルにもほんのり犬の血が混じっていることをおまえは知っていたか? 私は知らなかった。気づきもしなかった! どおりで冒頭から夢ヘビ、幻女といった胡乱(フールアン)な生物が出現したわけなのだ。

 ゲーム・キャットの言葉はほとんど唐突に挿入される。始めのうちは何をほとんど言っているのかわからないし、あまりに好き勝手している作者にムカッ腹が立ってくるかもしれないが、そのうちわかってくる。よくよく気を払っておくことだ。だいたい上のような内容をいちいち本編中で説明していたらテンポが悪くなりそうなものだ。そう思わないか? 蠢材(ツァンツァイ)くん。

 私は作中の描写を注意深く追いかけ、またゲーム・キャットの言葉も抜け目なくふせんとかに書いておいたので、三つの根拠と四つの仮説から黄羽と呼ばれるヴァートが相当に厄介なアイテムであると看破した。そのヴァート世界の危険さもさることながら、黄羽には脱出(ジャーク・アウト)の機能がない。一度口に羽を放り込んだらひたすらヴァート世界をさまよい、最後まで味わう以外に抜け出す方法はあり得ないのだ。

 スクリブルと恋人(いや、妹だったか?)のデズデモーナはかつて黄羽の<イングリッシュ・ブードゥー>を試金した。そしてそこでとても口に出せないようなものを見た。タブーに触れた! その結果どうなったか? DESDEMONAは去った。それだけではない。ヴァートは手ぶらで客を帰さない。何かをヴァートに捧げたとき、同時にその者は何かを得る。スクリブルのもとには<宇宙から来た物体>が残った。

 <宇宙から来た物体>は「ジャシ、ジャシ」と鳴く。「ジャシ、ジャシ」だぞ。ありえるか!? 不快な生物だ。いつもスクリブルのそばにいる。スクリブルは<物体>と<イングリッシュ・ブードゥー>が揃えば、デズデモーナを取り戻せると信じているのだ。切実なのは彼ひとり。仲間であるはずのビートルとマンディはよろしくやっている。女刑事のマードックはしつこく後をつけてきて、おまけに逃げ場となるはずのヴァートは試金してみてもバッド・トリップばかりで役に立たない!

 ほとんど何でもありのヴァートの世界で、スクリブルひとりが呪われたみたいにシラフのままもがいている。これはそういう物語だ。少なくとも彼にとってはそうだ。そもそも作中のマンチェスターは無茶苦茶だ! 読み出したおまえはスクリブルにさえろくに感情移入できず、幻女のブリジットが勝手に人の中を覗いたり、<物体>の外見がどれだけ描写を受けてもまったく頭に思い描けなくて気色悪いだけだったり、作者が天才肌(ギニョアレヒ)で書きまくったのでページが分厚かったりして途方に暮れるかもしれないな。

 だが麻薬ライダースはそうも言ってられない。彼らは复杂怪异(フーザーグァイイー)を極めたような世界を、ヴァートを求めて駆けていく! その時おまえはすでに後部座席だ。スクリブルはおまえの隣にいる。やつの物憂げながらどこかギラつく顔つきをじっと見ていれば、おまえにも何か思うところがあるだろう。少なくとも旅の終わりを見届け、この世界が何なのか、そしてヴァートがどこから来て、どこへ行くのか知りたいと感じるはずだ。

 ……本を読み終えると雨が止んでいた。柄にもなく没頭してしまった! 私は本を元あった机の上においておき、書類棚を漁った。ヴァートの測定値はプラスマイナスDポジット。悪くないじゃないか。え? 私は本を書架(ニジュナヤポルカ)に置くことにした。今この文章を書いているあいだも傍らにある。文庫本で持ち運びやすい。おまえも機会があったら読んでおくと何かの足しになるかもな。

 今日のV釧路はうってかわってのどかな日和だ。空は高く、人通りはまばらだ。本はろくに売れず書店は虫の息。平原の上を飛び去って行く飛行機には、今日もまたこの地を去っていくVtuberが乗っているかもしれない。私はここにいなくてはならない。研究の条件に適った土地でもあるが、何より私がここに留まると決めたからだ。汚染されたマンチェスターにしろ本州から遠く離れた片田舎にしろ、重要なのは己の行いと負けてなるものかという竞争精神(チンチュンチンシェン)だ。私はヴァートを読んでそんなことを考えた。

 積もる話はあるが、今日はこんなところにしておこう。おまえと直接会って語らえたら良い。Vtuberの動画を見過ぎないこと。

 常に忠実なるおまえの友より
                               D.O.

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