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この世の形をさぐる

 長きにわたって世界は巨大な亀の背中に乗っているとされてきた。だが近頃はにわかにゾウ派がその勢力を増している。

 なぜ今象なのか? 理由はある日海岸に流れ着いた一本の毛にある。大量の魚を巻き込んで座礁した繊維を科学者たちが分析にかけたところ、正体は途方もない大きさをした動物の体毛だった。さらにはそれが推定二億三千六百五十万歳を超える象の毛だと突き止められるに至って、ゾウ派はにわかに活気づいたのだった。

 彼らゾウ派はカメ派を激しく糾弾した。もっともこれは今に始まったことではなく、カメ派は以前からたびたび論拠の乏しさを指摘されていた。その主張にはろくな証明がなく、あっても各地に残る伝承や、御神体として祀られている干からびた甲羅くらいのものだったのである。そんなわけで、学術誌には軒並み以下のような言葉が躍った。

「世界が亀の背に乗っているというのは、根拠のない憶測に基づいた主張に過ぎない。長きにわたってこの世界に対する正確な認識を妨げてきた、悪しき誤びゅうだと言える。今こそ我々は世界中の人々へ向けて宣言しよう。世界は亀ではなく、象の背に乗っているのだ――と」

「象の毛が漂着したことがその証拠だ。何かの拍子に抜けた毛が海を流れてきたに違いない。我々は目下、科学の粋を集めてその原因を調査中である」

 さて教科書の内容も書き換わり、ゾウ派の説が世に広く知られるようになった後で、誰もが予想外の事態が起きた。

 枝が生えてきたのである。それも小山ほどもある枝が、地面を突き破って。しかもそれはまだ天に向けて伸びようとしていた。もはや議論を待つまでもない。この世界が樹上にあることは誰の目にも明らかだった。枝は下から世界を貫いているのだ。

 これにはゾウ派は当然として、カメ派の学者たちも大いに慌てふためいた。というのもカメ派は虎視眈々とゾウ派に対する反撃の機会をうかがっていたからで、彼らはその時点ですでにとある寺院に祀られていた御神体が齢五億九千四百七十二万年を超える亀の甲羅の欠片であることを突き止めていたのだが、今さらそれに何の意味があるとも思えない。ゾウ派もカメ派も、皆等しく負けたのだ。

 一件を経て学者たちはいがみ合うのをやめた。そして元・カメ派の学者と元・ゾウ派の学者達は、共同で以下のような声明を発表した。

「世界が動物の背に乗っているというのは、科学界全体が犯していた途方もない過ちだった。自説の根拠の薄さを棚に上げ、同じ真理の探究を志す者同士でいがみ合ったことを、我々皆が自分自身に戒めねばならない。今こそ我々は世界中の人々へ向けて宣言しよう。世界は亀ではなく、まして象でもなく、樹の枝の上に乗っているのだ」

「また、それとは別に遠い海の向こうには大陸より大きな象と亀がいる。それぞれの年齢は二億三千六百五十万歳と、少なくとも五億九千四百七十二万年以上である。我々は目下、科学の粋を集めて二頭を調査中である」

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