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胎界主を読まないおまえが果たして新たな時代を生き延びられるだろうか

 よくきたな。おれはロジオン・"リュージ"・ゴンブローヴィチだ。かつてここへは様々な人間が訪れた。永遠の命を得ようとした者、この世の終わりを知ろうとした者。皆がおれに知恵を借りに来た。そのゆくえは、誰も知らない。そして今おまえもまた、願いを胸にここへきた。おまえが心の奥底で望むもの、それは胎界主。Web漫画だ・・・・。

作品は生きている

 胎界主http://www.taikaisyu.com)。それは全編フルカラーでウェッブ上に無料掲載された長編漫画であり、シュワルツェネッガーやバンデラスといった真の男の横顔をした物語だ。ついこの間まで高画質版を有料でダウンロードできたが、おまえがモタモタGUNをリロードしている間になんでか販売が終わってしまった。今や無料でしか読むことができない。

「通常画質でならいつでも読めるの?ならいいじゃん」そういうおまえはなにもわかってないし、多分いつになっても読まない。こと現代において作品は生き物だ。いつでも手に入ると思ってほっといたものが気がつけばベンガルトラのごとく姿を消している。おまえはあとから「ベンガルトラは大型の肉食動物で、あんなに爪も鋭いのに・・」とか嘆くかもしれないが、そういうのはぜんぶ遅きにしっしたと言わざるを得ない。

 だいたいおまえは自分のフェイバリットが奪われる危険と一度でも向き合ったことがあるだろうか?何であれ作品には販売や配信を行うチャネルンがあるが、そこからは運営会社が一つの指輪の言いなりになったり、サノスみたいな凝り固まったあほがコンテンツの半分を消し去ったりで簡単に締め出されてしまう。そうしておまえはこんなことなら早く作品を入手しておくんだったと日々思い悩む。夢にまで見る。車の陰から飛び出してきたトレホにナイフで突き刺されたとき、おまえが思うのは「あの作品を手に入れておけばこんなことには・・・・」だ。陰気な墓掘り人が早晩おまえのなきがらを土の中に放り込むだろう。

 だからおまえは今胎界主を読め。この漫画の物語、中でも生体金庫と銘打たれたエピソードは、おまえのそうした先伸ばし癖やどっち付かずの態度に掛け値なしの引導を渡すことが統計的に明らかにされている。そこで描かれるのは絶望的に積み上がった試練であり、永らく蔑まれ身を潜めていた者たちの命を賭けた挑戦だ。この一大巨編を読み終えたとき、おまえは真の男として目覚め・・・・古い映画のなかで、画面越しのおまえに気づいたシュワルツェネッガーがたしかに頷いてみせるだろう。

第一部では基本を押さえろ

 生体金庫編は二部にわたる長編漫画である胎界主のクライマックスだ。当然おいそれと読み始められるものではない。胎界主は設定を頭に入れるのが大変な漫画として知られており、おまえも一度くらいはバーの片隅で鉱夫たちがああでもない、こうでもないと胎界主の設定について論じているのを見たことがあるかもしれない。

 なので生体金庫の直前にあたるエピソードまで読み進めることは大前提だが、そこまで読んで話の流れが理解できないやつは当然いるだろう。これは元々話が複雑なだけで、別にそいつがあほなわけではない。もっと言えば途中でくじけるやつも出るはずだ。そこでおれは、今から作中の設定と生体金庫までのあらすじを簡単にまとめてみようと思う。なに、ユア、ウェルカム(礼はいい)・・・。

 まず第一部だ。序盤は一話完結形式の連作集だと思ってもらっていい。「触れただけで相手を殺す」亡くし屋として知られる凡蔵稀男(ぼんくら まれお)のもとに、代わる代わる悪魔の手先が現れ契約を迫る。稀男は第一話『使い魔』で手に入れたソロモンの鍵から知識を得て、この刺客たちを撃退していく。生意気な近所のガキどもや食わせものの田舎警察たちも一緒だ。ゲゲゲの鬼太郎とか、Xファイルみたいなのを思い浮かべてかまわない。

 この辺で出てくる重要そうなタームとして胎界胎界主があるが、これはメキシコにいながら国境線を越えたニューヨークとかワシントンDCの話をしているようなもので、今は全く理解する必要がない。というか無理にわかろうとするとどんどん暗い路地裏に迷い混んでしまい、周囲にナイフや毒サソリの入れ墨をちらつかせたチンピラたちが寄ってくる言わばメキシコの罠だと言える。後の方で稀男がほうぼうの胎界に出かけていくので、その時何となく実感すればよい。胎界主も一緒だ。

 物語の舞台である鮒界市はヤクザ組織の抗争の真っ只中だ。日本国の実権を握った薩摩藩の成れの果てである東郷家も巻き込んで何かとややこしいが、ヤクザ周りは無理に整理しようとするとどんどん暗い路地裏に迷い混んでしまい、周囲に鎖分銅やドブネズミの入れ墨をちらつかせたチンピラたちが寄ってくる言わばメキシコの罠だと言える。こちらは途中で言及が途絶え、似たような魔王たちの派閥抗争に取って代わられるので、始めからそちらを覚えるのに注力した方がよい。

 中盤で東郷家との戦いに一区切りがつくと、異界からやってきた陰険きわまりない殺人フェアリーどもとの遭遇を挟んで、稀男は本格的に悪魔たちの抗争に巻き込まれる。この辺りからエピソードに一貫性が見え始め、各話も長くなるのだが、序盤ほど引っ掛かりを覚えることなく読めるのではないかと思う。稀男と行動を共にする殺し屋のルーサータロット・アスも賑やかだ。さらに稀男は胎界主が持つ47の「力」の一つ、運ぶ力に目覚めている。

 運ぶ力は物語のいわゆるご都合主義を自在に呼び出せる超能力だ。そんなものがあるのなら一足飛びにお話をハッピーエンドにできそうなものだが、稀男はルーサーやアスの助けを何度も借りており、とても万能とは言えない。そのうえ稀男は片田舎で飯を食うだけのロボットのような暮らしを送ってきたので、何をどうしてやろうというような大局的な展望がない。空っぽだ。そこにロードムービーがスパークする余地があると言えよう。

 中盤以降で理解を妨げる要素があるとすれば、先述の魔王たちの派閥抗争ではないかとおれは思う。これは大分ややこしいので、おれも一度はさじを投げかけた。だが幹部が狂人の考えなしだったせいでベール派が全員死に、残るはベリアル派と影の薄いルキフグ派だけになったので、その晩おれは満足してCORONAにありつくことができた。つまり深く気にする必要はない。

 さて、恐るべきサイコ野郎のレフ・レックスとあともう一人強大な胎界主が現れ、「真の男とは何か」という根本的な疑問を投げかけて第一部は終わる。これまで色々と書いたが、実際には深い用語の理解はいらない。ただ第二部に至るまで物語がヤクザものの文脈を引用しており、またダークファンタジーでもあり、そして真の男の要素があることを理解しもらえれば十分だと言える。いわばこの三つは胎界主を構成する三和音だ。試しに脇に立てたギターを手にとって、それぞれヤクザの音、ダークファンタジーの音、真の男の音を押さえて鳴らしてみるといい。その響きが、胎界主だ・・・・・・・・。

第二部の舞台はメキシコだ

 第二部の舞台は異世界で、その名をロックヘイムと言う。そこではネプリと呼ばれる巨大な木が国土を成しており、全体的に画面が青いのが特徴だ。着色料でカラフルになったチョコなんかが食べ物に見えないのと一緒で生命を感じない青さなので、おまえは一発でここが新天地であることを理解するはずだ。

 稀男、ルーサー、アスの三人がロックヘイムに来た理由は悪魔のパシリだ。本来ならロックヘイムを根城とするゾンビ集団骸者(むくろもの)を殲滅しなければならないのだが、それは能力的に無理そうなのでブレインである謎多き人物ピュアを捕まえに来た。稀男たちは同時に悪魔から命を付け狙われており、何の功績も挙げずに帰ろうとすると大いにマズい。ほとんど崖っぷちだ。

 おまえは異世界に行ったことがあるか?おれはない。だが、仮に異世界があるとすれば、そこはメキシコのようなところだと思う。ロックヘイムの生物や骸者は、言わばGUNを持った危険な荒らくれたちだ。稀男たちも始めのうちこそその辺にいた赤ちゃんドラゴンを舐めてかかって瀕死の目に遭わされたり、その隙に現地民に装備を盗まれたり、ロックヘイム全土の支配者リョースから公的援助を打ち切られたりと散々な目を見た。だが、ヒーラーのリースを仲間に入れてからはかなり軌道に乗り始めたと言える。

 骸者たちも魔王の手下が侵略の準備を進めているのを指を咥えて見てはいない。殺人フェアリーであるハオウやナックラヴィーを繰り出したほか、強力な運ぶ力の使い手であるピュアもまた稀男が使う運ぶ力を打ち消しにかかっている。ついにはピュアの配下だけでなくケツモチであるヴァンパイアや骸者の首魁である死神の子(レイス)も戦線に出始め、両者の間の緊張はそれはもうすごいことになった。

 というのも、実は骸者も崖っぷちだからだ。連中は急に現れた胡散臭いコンサル野郎でしかないピュアの目論見にすべてを賭けている。レイスからすると人の身で自分たちと対等に渡り合おうとするピュアの存在自体が脅威なのだが、それに対抗するため自軍に力をつけようとするとまたピュアに頼らざる得ない。この難解なプロレス技みたいなマッチポンプの構造におれは舌を巻いた。軍団の主導権はあくまでピュアが握っているのだ。

 骸者の鼻先にピュアが下げたニンジン、それが生体金庫だ。文字通りの宝の入った宝物庫であり、生きた何者かがそれを守護している。中に封じられた神獣石は、永らくロックヘイムの夜に身を潜めてきたレイス起死回生のアイテムだ。言ってみればアーサー王伝説の聖杯のようなもの・・・・ただしそれを探し求めるのは、主人公でなく悪人たちだ。そこにひりつくようなノワールの響きがあると言えよう。

生体金庫がくるぞ

 二部も終盤に差し掛かると一つの事件が起きる。生体金庫が見つかったのだ。上で見たような入り組んだ勢力が、そのまま生体金庫攻略へと突入していく。骸者たちは金庫の守りを打ち破るために全軍を注ぎ込み、それはもうとんでもないことになった。骸者の中でも知性を保った上位ゾンビであるワイトは成体のドラゴンを生きたまま容易く解体する超戦力だが、それが何万という単位でつぎ込まれた。ザ・ウォー(戦争だ)・・・・。

 対する生体金庫の全貌も明らかになった。それは凄まじく強大で、また体の隅から隅までを悪意で満たしきった存在・・・・・・それを目にしたとき、おれはあまりのことに息を呑んだ。一目見ただけで、おれとやつの間に絶望的なまでに戦力差があることがわかった。おれはからだの震えを押さえることができず、髪の毛は一晩のうちに、白髪になった・・・・。

 二つの軍勢の戦いの裏では稀男とピュアが運ぶ力をぶつけ合い、大局を操っている。この二人は戦場に居合わせていないが、だからといって攻略の成否に関わっていないとは言えない。誇張抜きに物語を塗り替え、その場その場で主役を決めてしまう。それが運ぶ力なのだ。

 骸者軍団を指揮するのは二頭のレイスとヴァンパイアのレムレスだ。レイスのうちデュラハンは冷酷なキレ者で、ピュアの脅威を真に理解している。これまでも常に疑ってかかっていたが、前述のマッチポンプにハマり今やATMの前まで来て金を振り込む寸前だ。

 もう一頭のデカトンは粗暴で楽観的だ。デュラハンを止められないのかといえばそうではなく、むしろ自分の領分をよく知りデュラハンに全軍の舵取りを任せている。デュラハンの知恵を信じ、それに賭けているのだ。残ったレムレスは自分が巻き込まれている事態の深刻さを理解していない。おれにはこいつがどこまで本気でやっているのか疑問だ。GUNを突きつけられながら国境線の検問に向けて歩きスマッホしているようなもので、あほにしか見えないがもしかすると天才なのかもしれない。

 もう一人骸者軍団の中で注目すべき戦力がハオウだ。コイツは軍団唯一の生けるフェアリーで、無類の強さを誇る剣士だ。ハオウが振るう魔剣シャミールはあらゆるものを寸断する。当初から生体金庫攻略の最終兵器と見なされていたが、骸者からするとハオウはピュアが寄越した下請けの派遣労働者なので、インセンティブとかもろくに出ず待遇がさいあくになった。

 さらにハオウには生身の人間ゆえの死への恐怖がある。生体金庫攻略とはそこにいる全員が全員の死力を尽くした最終戦争であり、ハオウの目には死出の旅と映っても仕方のないことだった。その結果どうなったか?何もできなくなった。銃弾が飛び交う戦場に身を置いて、刻々と敗北の足音が近づいてくるなか、隅っこにうずくまって戦うことを放棄してしまったのだ。

 その時おまえはうずくまるハオウに、物事を先延ばしにしてばかりの自分の姿を見るだろう。時代は変わり、戦いに身を投じる者はおまえを一瞥して脇を通りすぎていく。戦わねばならない・・・・おまえはそれを痛いほどわかっている。だが踏み出すことができない。この不条理にいかにケリをつけるか?生体金庫編はそういうことを主題にしている。やがて訪れるフィナーレは、おまえの背を力強く押してくれるはずだ。

胎界主はおまえを見放さない

 時代は変わった。ベンガルトラのすみかは金持ちの家とかショッピングモールにとって代わられ、高画質版胎界主は理由はわからないが販売を終了した。だが、これらは永久におまえの前から姿を消したわけではない。ベンガルトラが密林のより奥地に身を潜めたように、胎界主もまた自分の国土をよく守り、自サイトでの公開を続けている。

 作者ケンイチ尾籠はつい最近Pixiv Fanboxで月額支援サービスを始めた。そこで支援者に向けて短編とか、現在執筆中の第三部の情報を発信している。つまりは人に依らずに独立の気概を持つこと、そして移り行く時代の流れに敏感に追い付くいくこと・・・・巨大隕石によるコンテンツ大量絶滅とか、不意に訪れる氷河期とかをサヴァイヴするために有用な手段がそれらというわけだ。

 ここまでおれは胎界主という作品の中に生きる真の男たちについて、おまえにウソいつわりのない言葉で伝えてきた。おまえはいったいこの先どうするつもりだ?相も変わらず作品に触れるのを先延ばしにして、抗いがたい時の流れに知らんぷりを決め込むつもりか?ならばもう好きにしろ。おまえの人生だ。だが胎界主は・・・・待っている。おまえがやって来るのを、人が見れば驚く辛抱強さで、ずっと・・・。そしていつかおまえが、そのことに感謝する日がくるだろう。そうおれは信じている。

W."L".G

ワシーリイ・”リュージ"・ゴンブローヴィチ先生プロフィール:
エグゼクティブネットサーファー。逆噴射聡一郎先生を一方的にリスペクトしているが、実在の人物・団体とは一切関係がありません。

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