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いくつかのショートストーリー

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さらりと読めるお話です。 超短編小説/ショートストーリー/ショートショート
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記事一覧

メタフィクションのふたり

 ある診察室にて。
 「どうぞ」
 医師の合図のあとに一人の男が入室する。
 「失礼します」

 医師、男が座るやいなや言葉を投げかける。
 「灰色の猫」
 男は何のことだか分からずキョトンとする。
 数秒の沈黙が続いた。医師はなぜか心が放り出されたような、虚しい表情を浮かべていた。
 医師は気を取り直して男に訊く。
 「本日どうされました?」
 「えーっと、ずっと誰かから見られているような気がす

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L地区の拠点にて

 「爆発音が聞こえたあと、様子を見に行ったら、皆死んでたんだ。」
 憔悴している様子で男は訴える。
 「いや、嘘だ。爆発音なんかしていない。俺が見に行ったら、コイツが死体のそばに居た。」
 小部屋の真ん中に置かれた机の前で、キリエ達は黙って話を聞いていた。事故について聴き取りをするためだった。
 「違う! 俺はコイツと一緒に死体を見つけたんだ。爆発音は一緒に聞いたはずだ!」

 「分かった。汚染が

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記憶を消してくれる薬

 「黒歴史や恥ずかしい出来事を思い出して叫びたくなることってありませんか?」そんなふざけた広告に釣られてオンラインで買ってしまった。
 そう、巷で流行っている、記憶を消してくれる薬「オブリビオン錠剤」である。
 朝、郵便受けに取りに行くと、さっそく薬が届いていた。
 私は開封して中の説明書に目を通した。それによると、自動的に脳の悪い記憶をターゲティングして消してくれるらしい。ただ、効果が現れるまで

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寿命が尽きる直前、神様によって一日だけ若き日に戻された男の話

 男は目覚めた。直前まで病院のベッドの上で臨終するところだったのに。

 先程まで穏やかな眠気に包まれていたはずだった。だが今はその眠気が消え去り、息苦しさや胸の窮屈さまでもが露ほども感じられなくなっていた。体が別のものに変わったような感覚が男にはあった。

 「(死後の世界なのだろうか。)」

 男の視界に映る景色は病院の天井ではない。耳から入る雑音も病院の音ではない。しかし死後の世界でもなかっ

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あったら読みたい架空の本5選

かの名著から、あの随筆まで!
タイトルとあらすじを紹介します。

 反反捕鯨団体 伝統的な捕鯨を守る日本の漁師達。
 そんな日本の捕鯨に反対する「反捕鯨団体」と、更にそれに反対する「反反捕鯨団体」が繰り広げる政治心理戦。
 そんな中、突如台頭した過激派「反反反捕鯨団体」の活動を阻止するべく立ち上がった「反反捕鯨団体」と「反反反反捕鯨団体」の活動をシリアスに描く社会派ドキュメント。
 ちなみに「捕鯨

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ネタバレ!ダメゼッタイ

「あの……ですから…そろそろ僕は帰りますので、本を返していただけますか…?」

 僕は尋ねた。はにかんで手を差し出してみるも、寡黙な男は嫌そうに眉を顰めた。胡座をかきながら読書する姿勢には、数ミリも動かないと言わんばかりの気魄がある。寡黙な男の足元に置かれたもう一冊の本はもう既に読み終えた物のようだ。

 なかなか返事がないことに少々苛ついた僕は、男に近寄ってどこまで読み終えているか聞いた。
「日

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全自動統治

「国民総不労。
国民は不労を憲法で保証されています。
"向こう側"では未だに市民が働いていますが、この国では多くの作業は人工知能を持った機械に任せています。
こう言うと、人間の手が必要な整備などの仕事は誰がしているのかと疑問に思うでしょうが、そういった労働に当たる行為は受刑者の懲役になります。
新しい設備の開発や製造も機械自身が自立してやっていますからね。

いやはや、"向こう側"は遅れていますよ

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快晴日和

––––飛んでいた感覚が急になくなった。墜落したのだと思うが、まだ意識はある。
 状況を確認しようと周りをよく見ると、太いパイプのような通路の上に私の体は乗っていた。墜落した瞬間は、その衝撃で全体が大きくうねって揺れた。動こうとしても、どういうわけかパイプに強い力で引き寄せられていて、体がうまく動かない。

 パイプのような通路は複数あり、私は数本のパイプにまたがって乗っている。目が悪いため全体の

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文明に初めて接する男の小話

椅子愛好家が椅子に座るのは、そこに椅子があるからだ、という。
ちなみに、椅子愛好家じゃなくても、椅子があればだいたい座る。

そしてこの小さな部屋には椅子が一つある。

ほう、これが「椅子」というものか…。
どれどれ、座ってみようではないか。
私は膝を折り曲げ、椅子の上に腰を下ろした。
ほうほうほう、これが「座る」ということか。

私は生まれて初めて椅子に座った。
不思議な感覚だ。

人々は、椅子

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扉が開くとき

本当にあった怖いかもしれない話をしましょう。

––––これは昔、僕が学生時代だったときの話です。
入学直後のある日の通学中、新しい環境でのストレスもあってか電車の中で急に腹痛に襲われたのです。
どうにか学校の最寄り駅まで我慢できたので、電車が到着するやいなや急いで駅構内の男子トイレへと向かいました。

トイレには個室が3つあり、覗いてみるとだいたいどこのトイレもそうですが手前の2つが和式トイレで

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