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ブックレビュー「慈雨の音 流転の海第六部」

宮本輝による自伝的長編小説で全九部の第六部は、縁が無いにも関わらず家族同様に麻衣子たちと寄り添って生きていたヨネが癌で亡くなり、一方熊吾の一家はシンエー・モータープールの管理人として晴れて再び一緒に暮らすようになったところから始まる。

伸仁にも「二度と近づくな」と言った蘭月ビルの住人との付き合いは疎遠になり、一方同ビル住人も含む在日朝鮮人の北朝鮮への帰国が近くなり、在日朝鮮人間でも衝突が起きている。

モータープールでの住居が定まったことで生活が安定する中、伸仁は小学校三年生からの勉強を挽回すべく猛勉強の末、めでたく私立中学に入学。房江は自らの乱筆を恥じてペン字の通信教育を始める。また伸仁は保険外診療ではあるが小谷医師の尽力で丈夫な身体の礎ができあがっていく。

第五部までの展開と比べるとストーリーとすれば平坦な印象はあるが、ここでは元蘭月ビルの住人であるホンギやカメイ機工の亀井など味がある登場人物のキャラクター設定で面白味を維持している。

また平穏な生活の中でも、伸仁は巨大な鳩の糞の塊が落ちてきて鎖骨が曲がり、危うく死ぬところだった。ヨネが死んだ時に余命が短いことが予想されたムメばあちゃんは、熊吾一家がヨネの遺灰を決死の思いで余部鉄橋から撒いた後亡くなった。

熊吾のモータープール以外のビジネスはなかなか目が出ない。亀井との中古車業連合会の実現は進まず、さらには亀井は胃癌で命が長くないことが判明する。熊吾はやむなくあれだけ嫌がっていたエアーブローカーを裏稼業としてうまくやり抜くことで何とか金儲けをする。

しかしモータープールでの生活も、間借りの身であるから、いつ突然終わりを告げるかわからず、熊吾も房江も安泰としてはいられないことを嫌というほどわかっおり不安を募らせる。

そういった仲、政界に出ようとしていた海老原太一が自殺したことを新聞で知る。自殺前にはどうも熊吾への間接的なメッセージをその周辺にばらまいていたようだが、その真意は不明だ。もしかすると熊吾が観音寺のケンに渡した預かり状代わりの海老原の名刺がキッカケかもしれないが、まだその謎は明かされない。

今回は第五部までと異なり、熊吾が語るストリート哲学の匂いが薄くなった印象だ。その分、伸仁が思春期に突入し、心身ともに大人に変わっていく姿がクローズアップされている。

昨日、久しぶりにZOOMでお話しした知り合いは50代後半になって子宝に恵まれた方で、思わず熊吾と伸仁を想い出し、本書を紹介させていただいた。本書でも少しずつ兆しがあるが、第六部以降はますます熊吾が老いていき、伸仁が熊吾と房江のコントロールできない世界に突入して行く姿が描かれるのだろう、と推測する。

さて先日私に「流転の海」を紹介して頂いた方とZOOMで本書についてお話ししたところ、私が本書を読み進めていることを喜んでいただいた一方、「読み終えたら寂しくなるよ」と告げられた。

残りの3部、ゆっくりと噛みしめながら楽しみたいと思う。




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