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壁際からの脱出②

(つづき)
ハナサーズとの三者面談を済ませた後、マイクがおれに面談を持ち掛けてきた。
上司とはこうやって時々面談するのが弊社の文化なのだ。

すぐに個室の部屋を取った。
テーマは特に無く、いつも近況報告から始める。
とりあえずはおれがここ半年で海外飛び回った話を面白おかしく話した後で、少し真面目っぽく相談してみた。

カッパ(40代後半)「これまで一匹狼の担当課長だったんだけど、急に来期から部下持ちの部長職になります。仕事は国内外に沢山溢れてるんだけど、何をどう運んで良いか迷っています。部下を従えて、まずは私が先陣を切るべきでしょうか?」

マイクはしばらく黙って聞き役になっていたのだが一転、AIロボのようにとめどなく喋りはじめた。

「まず、個々の部下たちが何をしようと思っているかなんだけど、カッパ、ちゃんとヒアリングしたか?お前より若くて働き者の彼らだってバカじゃない。お前の采配を待ってると思うんだ。そして仕事は、どんどん若手に引き継いで行かなくてはならない。」

「だからカッパ、お前が実務で遅くまで残業してアップアップしていちゃダメなんだ。確かに今は自分でやった方が早いかもしれないけど、これからはなるべく実務は部下たちに振るんだ。全部振れ。お前はむしろ少し余裕を持った状態で、部下たちを見守ってあげる余裕がないと、正確な評価も出来ないし、いざと言う時に助けられないだろうが。」

「お前が実務で評価される必要なんか無い。部下たちが成功して評価される事がお前の評価になるんだ。」

おおっと、これは効いた。おれは、何を血迷っていたんだろうと気付いた。

「これから大きな判断が必要とされる場面が必ずやって来る。その時のためにも初めが肝心。メンバー内でルールをしっかり作って、部下たちが仕事をしやすくする環境を作るのがお前の仕事だ。おれはそう思うぞ」

全て完璧だった。
他人に言われるとその通り。
何故気づかなかったのだろう、急激に頭が整理される気がする。
そして何がビックリって、マイクはこの答えをとっくの昔に知っていたのだ。当たり前だが。
この人、やたら口数多くておれは敬遠してたけど、実はやっぱり仕事出来る人だったのでは。
更に、

「お前のような出世頭がおれの部署から出て、とても嬉しく思う。おれもやった事ないような難しい仕事だろうが、是非これからも頑張ってくれ。ずっと見守っているからな」

男気。
これ、結婚式なら泣く場面かもしれない。
そして突き放された。
マイクも役員昇格で、来期からは別の部門へ移るため、おれたちの部署はもうすぐ解体される。
壁際の隠れ家のような狭っ苦しいデスクだったが、それももうすぐお別れ。
おれは一匹狼を気取って「ひとりでできるもん」くらい言い放って、会社に戻らずにゲンバからゲンバを飛び回っていた。
他人の話に耳も傾けず、ばかである。
ばかに気付いた今日をきっかけに、今度はここから始めようと思った。

面談が終わってすぐ、おれは新しい部下たちのアポを取り、明日から話し合いを始めることにした。
こういうのは早いほうがいい。
分かっているだろうで誤魔化していることも含めて全部、後腐れないように話し合っておきたい。その上でスタートラインに立つまでにまた新たな課題が出るかも知れない。
人を育てて人を動かす仕事。新たなチャレンジになりそうです。