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壁際からの脱出①

長いので、忙しい方は読み飛ばして下さい。その方が日本経済のためです。

おれは3人しか居ない壁際の部署で、重箱の隅の業務を回しているしがないサラリーマン。
壁際というのは正直窓際と揶揄したいほどの隅っこ暮らし感なのだが、海外とのベンチャー的な業務が社内で普及せず、気がつけば精鋭おじさん3人だけでフロアの端に追いやられていた。窓も無い壁際に。

それでも業務はそこそこ忙しいし、自分の範疇で回しているうちはモチベーションも保てたし、稼いでいる実感もあった。
残り2人のおじさんは、おれが勝手にマイク・ハナサーズと命名した、よく喋るおじさんたち。
マイクは50後半の部長、しかも他のこういう零細部門をいくつか統括している。上司として理路整然としているが、自論が強くて人の話聞かない系。
ハナサーズは60歳過ぎの再雇用。おれの部下でもあるが大先輩。圧倒的な知識と語学力(数か国語)には到底敵わない。共に行った海外では多々助けてもらった。知識が溢れ出すので話し出すと息継ぎ無しで止まらない系。
基本的におれたちはバラバラで、会社に来たり来なかったりは自己判断。連絡は口頭よりメールやチャットの方が多い。

そんな自由な生活が何年か続いたのだが、おれが社内ヘドハンされて異動が決まった。
次いでマイクが役員昇格、所有する個々の零細部門を纏めて一つの組織に丸め込んだ(その辺の政治力が凄い)。
残されたハナサーズは役員室直下となったのだが、流石に話の分かる人間が不在になるのを機に、遂に自ら退職を申し出た。

そんなハナサーズをマイクとおれとの2人で改めて面談したのだが、いつもの強気なマシンガントークは炸裂せず、罵詈雑言を捲し立てるでもなく大人だった。というより心がもう決まっているのだろう、少しスッキリしたような顔をしていた。
聞けば親譲りの不動産も幾つかあるし、既に持ち家も払い終わってるし、年金に頼らないくらいの蓄えがあるそうな(すごいね)。今後は夫婦で好きな事やって過ごすのだそうだ。

何だか少しホッとした。
マイク&ハナサーズは解散してしまうけど、この二人に教わった事も少しはある。どちらもある分野の特定の業務では伝説と謳われた技術者だし、点と線が繋がれば奇跡が起きるかもしれなかった。が、起きなかった。まあ良いじゃないか。

ハナサーズは来週から長い有給休暇に入り、そのまま退職するとの事。送別会や飲み会は水くさいから要らないと。よく喋る彼にしては珍しいが、既に会社への未練は全く無いようだった。

そんな感じでセンパイがどんどん居なくなっていく。要らない時に邪魔をして、欲しい時に居なくなる。つくづくおれは他人とのタイミングが合わないのだ。そしてしまいには誰も居なくなるのだろうか。自分の味方をしてくれる人って滅多に居ないものなのに。
ハナサーズをポジティブに送り出しつつも、何か寂しさを感じてしまったのだった。(つづく)