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熟れた蜜柑は未だ熟れず

(当記事は、2023年11月22〜25日に開催された京都大学文化祭内にて弊サークル「京大ボカロ研究会」が頒布した部誌『VocaLeaves』に掲載された記事です。当日会場で手に取ってくださった方、ありがとうございました。)

はじめましての方ははじめまして。Klayn(くらいん)と申します。
現在、当部誌の締切日4日前。無謀にもこの記事を完成させようと机の前で画面と格闘している次第でございます。焦り調子ではありますが、全力を注いでおりますのでどうか最後までお付き合いください。


さて、早速本題なのですが、皆さんは「若さ」というワードを聞いた時にどのようなイメージや色を思い浮かべるでしょうか?
例えばそれは「未熟さ」であったり、「みずみずしさ」であったり。それは「朗らかで純粋な橙」であったり、はたまた「青春のほろ苦さや甘酸っぱさ」であったり。
それぞれ個人が抱くイメージは異なるでしょうが、恐らくたいていの人が上のようなイメージを五感で想像し思い浮かべると思います。

この記事を読んでいる間、そのイメージを忘れずに思い浮かべ続けてください。夏空のように青くみずみずしくて、太陽のように明るく純粋で、ときには苦く、ときには甘酸っぱくて、とびきり美しくて、不完全で、未完成なオレンジのような「若さ」のイメージを。

『オレンジに明日はない』/遼遼(ルワン)

この曲は『仮死化』、『プレデター』、『ハイタ』などの楽曲で知られる遼遼(ルワン)氏によって2019年6月21日に投稿された楽曲です。タイトルの『オレンジに明日はない』は1967年製作のクライム映画『俺たちに明日はない』(原題:Bonnie and Clyde)から取ったものと考えられます。
そして、「俺たち」が捩られてタイトルに加わっている「オレンジ」は「『若さ・幼さ』の象徴」であると僕は考えています。

『俺たちに明日はない』の主人公であるボニーとクライドは1930年代前半にアメリカ中西部で銀行強盗や殺人を繰り返し行った実在の犯罪者であり、その人生のドラマチックさや貧乏人相手には金を巻き上げないなどの「義賊的な姿勢」から当時のアメリカ国内でも人気や支持のあった2人でした。

青い果実を一つ齧ると
苦い、そう、青は苦い
ソーダで酔っ払えた僕らが
夏に計画した夢

大金、大義をばら撒いた
二人のように愛に、愛に!
生きるために死にたいな

『オレンジに明日はない』の主人公たちも「大金、大義をばら撒いた二人」、ボニーとクライドのように生き、死ぬことを望みます。ここでオレンジが象徴しているのは「青さ」と「ほろ苦さ」です。若き青春の日々は楽しいことばかりではありません。ソーダを飲み大人ぶった主人公たちは、その青春の中で苦しみ、葛藤し、そして夢を描きます。

「酸っぱい時だけ泣こう」
そんな指切りをして走るの

オレンジが象徴する青春の「酸っぱさ」。そんな酸いを分かち合い、二人で約束をした計画とは、「復讐」でした。

このちっぽけな無鉄砲こそが
無価値な自分との、訣別
「無謀とは純粋の賜物」
そんな無理矢理を携えて

はりぼてのナイフ持って
幼いままの約束を果たそう
復讐は美しくないとね
花束添えて、逃げろよ

正しい、ただしそれが罪に
なるとして、愛に、愛に!
生きるために僕たちは

青春の苦しさ、理不尽さに抵抗するため、主人公たちは2人で復讐を誓います。酸っぱさを分かち合い、共に約束したその計画は、大人から見ればあまりにも若く、幼く、無謀で、無理矢理なものかもしれません。
しかしそれは、少なくとも主人公たちの中では、夢と愛に生きるための理想を詰め込んだ彼らなりの「美しい復讐」でした。
その「美しい復讐」に、彼らは命を掛けました。

"Let's go to 27 Club"だ
熟れたオレンジに明日はない!

「27クラブ」とは27歳という若さで夭逝したミュージシャン、アーティスト、俳優などを総称する言葉で、伝説的なミュージシャンであるジミ・ヘンドリックスやニルヴァーナのカート・コバーンなどが“所属”することから、「伝説的で熱狂的な人生」の例えとしてよく用いられます。(ちなみに、ボニーとクライドの2人も20代で亡くなっています。)

主人公たちは自らの人生を「27クラブ」に例え、自らを「熟れたオレンジ」と称しました。
“熟れてしまった“俺たちは未来に希望を抱けない。だから、その命を愛と美しき復讐に燃やしてしまおう。そんな”不遜な“諦観を胸に抱き企てた計画は、まさに「純粋の賜物」であるかのように無謀で、ちっぽけで、無鉄砲で、到底上手くいくはずのない、文字通りの「熟れたオレンジ」のような「甘い」計画でした。

「甘すぎたよね」と笑おう
クライム映画の台詞のよう
過ちなど、とうにない
全ては僕らが決めるもの

「バッドエンドだね、やっと」
機が熟したってことなのだろう
"Welcome to Stairway to Heaven"
逝かれたオレンジに明日はない!

計画は失敗し、そこでようやく彼らは己の“未熟さ”と陶酔を自覚します。
完璧だと思い込んでいた人生も価値観もまだまだ発展途上であること。何でもできると信じていたそのてのひらはまだ小さかったということ。でもこの先に未来が見えるわけではないということ。
彼らは復讐の炎を絶やすことこそありませんでしたが、この復讐から2つ3つを学び、少しだけ成長し、またゆっくりと生きていきます。

熟れた“未完”は未だ熟れず、その実2つには、青臭く、純粋で、苦く、酸っぱく、そしてとびきり甘くてみずみずしい「等身大の若さ」を蓄えています。
『オレンジに明日はない』に描かれたひと夏の復讐劇は、彼らのそんな若さを、オレンジを象徴として我々の五感に呼びかける言葉を巧みに扱いながらありありと表現しています。この記事をきっかけに、ご一聴いただけたらとても幸いです。

参考
・『オレンジに明日はない』/遼遼(ルワン) ……本文、タイトル

・『こどものしくみ』/ピノキオピー ……本文

また『俺たちに明日はない』、「ボニーとクライド」、「27クラブ」、「天国への階段」についてWikipediaを参考にした。

『熟れた蜜柑は未だ熟れず』 2023/11 Klayn

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