見出し画像

TCGブームはどこへ行くのか

何が起きているのか?

TCGはブームらしい。

日本玩具協会が2022年6月に発表した統計によると、カードゲーム・トレーディングカードは前年比45%増の1782億円となり、2001年度に現行の方式で集計を始めてから過去最高を記録した。
「トレカ市場」がまったく衰えない納得の理由

一方、一部のTCGに何らかの形(プレイヤー/コレクター/カードショップなど)で関わっている人には、別の世界が見えているだろう。「バブル」「投機」といった言葉がふさわしい、中古市場価格の高騰だ。上記の記事はメーカー小売り希望価格ベースの数字であり、要は新品の流通額でしかない。もちろん新品市場が拡大しているのは事実である以上、TCG市場が伸びていることは間違いではないのだが、それは車の片輪だけを見ているに過ぎない。高騰を続ける中古市場が新品市場の盛り上がりを支えており、それらは切り離して語ることはできない。例えばポケモンカードは、5,6年前なら数千円で中古市場に流通していたカードが今や数十万円で売買されるケースもある(帽子リーリエ SR 等)。またMagic : The Gathering でも、いわゆる再録禁止リストにあるカードの中古価格はコロナ以降3倍以上になったらしい。そしてそうした高価なカードが封入されたパックを欲しがるのはそのTCGのプレイヤーだけではない。転売ヤ―が小売店に群がり、ポケモンカードやワンピースなどの人気タイトルは新品市場の流通にまで混乱をきたしている。パックが欲しくても事前抽選に当選しないと買う権利すら手に入らない。

そんな狂乱に水を差す出来事が起きた。Bank of America(以下BofA)
 がMtGのメーカーであるHasbro の株式評価を「buy」から「underperform」へと2段階格下げした。結果、Hasbroの株価は短時間で大きく下落した。ただし重要なのは格付け自体ではなく、その根拠となったBofAのMtGに対する分析だ。孫引きになってしまうが、英FTの解説記事が良くまとまっていたのでそれを参考にさせてもらう。

BofAはこの3年ほどのMtGについて以下のように評価している。
・Hasbro は短期間で新製品を過剰にリリースしており、プレイヤ―やコレクターは疲弊している
・その結果、過去のカードが使える統率者フォーマットにプレイヤーが流れている
・また小売店にとっても新製品の多くは過剰在庫となっており、取り扱いをやめたり減らしたりしている

つまり目先の売上を重視してバンバン新規カードを刷った結果、プレイヤー/コレクター/流通それぞれがダメージを受け、長期的な収益機会を損なっている、という分析だ。

なぜ起きているのか?

1つ注意しなければならないのは、今起きている中古市場の過熱による新品市場の混乱は、TCG以外の分野でも起きているということだ。時計、お酒といった高級嗜好品に加え、ガンプラといったTCGに近い玩具市場でも発生している。めちゃローカルな話題で恐縮だが、自宅近くの商店街はコロナ以降テナントがあちこち入れ替わった。その結果最も増えたのはおそらく腕時計屋だ。もちろんブランドの直営店ではなく、中古業者である。覗いてみるとあまりそこで時計を買う感じでもなく、メインは買い取りだと思われる。要は転売ヤ―の出口、換金需要によって成り立っている。小耳にはさんだだけだが、ロレックスの一部の店舗は転売ヤー対策として実店舗をクローズし、既存顧客の予約があったときだけ開ける形にしているところすらあるらしい。

なぜこんなことになったのか。おそらく要因は以下の3つに分けて考える必要がある。

1.  「現在」中古市場が過熱している理由
2.  そもそもこうした中古市場の過熱が始まった理由
3.  時計や酒、TCGが「投機」対象となっている理由

1.「現在」中古市場が過熱している理由は、単に「将来値上がりすることが見込まれるから」というだけだろう。要は投機だ。一方で2.そもそもこうした中古市場の過熱が始まった理由はデータが手元にないのではっきり言えないのだが、多くがコロナ以降始まっていることを鑑みるに、いわゆるコロナマネー(緩和マネー)の流入が一因と思われる。コロナ以降、世界的に金融緩和が行われ、金利の抑制や補助金のバラマキが発生した。これが高単価の中古市場に流れ込み、投機的な動きを呼んだ。もちろん多くは不動産や仮想通貨といったボリュームの取れるものに流れたのだろうが、補助金は個人や事業者単位で撒かれたため、(億単位の不動産と比較すれば)小口の嗜好品にもお鉢が回ってきたと思われる。

問題は3の投機対象となっている理由だ。酒や時計と言っても当然転売の対象になるものとならないものがあり、TCGも過熱しているのは一部のタイトルだけだ。そして転売対象となっているものは高単価なだけでなく、「外部に価値の源泉を持つ」という共通項がある。(高級ウイスキーの)山崎18年はウイスキーの製造工程の仕様上、量産されないし需要が増えてもモノは増えない。今から仕込んでも出来上がるのは18年後だ。高級時計も製造過程の複雑さから需要に応じた即時的な増産ができない。MtGの高額カードは「再録禁止リスト」という明確なルールによってその価値が担保されている。

ポケモンカードはそうした中古市場の価値を担保するリストこそないが、ポケモンというブランドの強さはカードだけで成り立つわけではない。ゲーム、映画、ポケモンGO、その他のグッズ等「ポケモン」の世界は様々なプロダクトによって強固に形成されており、よほどのことがない限りその価値は中長期的に担保される。つまりどれも「将来価値が上がる(と思われている)」という内在的かつ投機的な価値の外に、きちんとモノとしての価値を持っている。

今後どうなるのか?

国内に限ればこうした傾向は今後も続くと考えられる。日本が利上げに踏み込まない限り円安傾向は続くだろうし、ワクチンの普及と水際対策の緩和で海外からのインバウンドも回復する。つまり国内の中古市場に金がもっと流れ込む要因が増えている。

ただし対象となる市場を個別に見ると事情がそれぞれ異なる。冒頭のBofAによるMtGの分析は、先日発表され$999という値段が賛否両論を巻き起こした30周年記念セットにも触れている。

・30周年記念セットは高すぎるし、そのうえ(裏面が異なるため公式戦で使えないとはいえ)再録禁止カードも含まれている
・これに対してコレクターは再録禁止カードの価値が損なわれることを懸念し、コレクションを売り始めている。将来的に自身の資産の価値が保持されるかどうか疑念を抱いている

コレクターが本当に30周年記念セットをきっかけとして資産を清算し始めているのかは分からない。が、少なくともBofAはそう評価している。もしこれが広範囲な地域で事実ならば、先に挙げたMtGの外部的な価値=再録禁止リストが毀損されていることになる。30周年記念セットはまだ市場に流通していないため、実際のプレイヤーやコレクターの動きは分からないが、本当にそれが再録禁止リストの資産価値を損なうものならば、MtGの中古市場は急激に冷え込む可能性がある。

一方でポケモンカードはそうした外部的な価値が、カード以外の領域にも存在するため、より強固だ。ポケモンのブランドを管理する株式会社ポケモンは非上場であり、任天堂が傾かない限りはマクロな外部環境の影響を受けづらい。また中古市場で転売の対象となっている高額カードの多くはカードゲーム上での有用性とズレがある。スタンダードフォーマットで使えない、また使えたとしても通常版は数百円で手に入る、など、ポケモンカードで遊ぶことと一部のカードが高額で売買されることの関連がとても薄い。

ただしポケモンカードも商品の過剰供給という点でMtGと同様の問題を抱えており、それについてだけ言えばMtGよりずっとひどい。ポケモンカードは1~2ヶ月に1回は新商品が出されるというMtGもびっくりなショートスパンになっており、しかもそのたびにスタンダードのメタゲームは変わる。新弾のパックに収録されるカードのほとんどは中古市場で数百円で手に入るが、ごく一部のハイレアリティなカードをめぐって新品の争奪戦が発生している。公式も供給を増やそうとしており、実際中古市場に出回るカードの量や単価を見るとモノ自体はかなり刷られている気がするのだが、その結果ますます一部の高値が付くカード以外の価値は毀損する。その煽りを受けるのは中古ショップであり、その補填のためにますますハイレアリティなカードの流通に依存するようになる(追記:いわゆる「オリパ」はその一例だ)

つまりゲームとして遊ぶのに必要なカードが安価で手に入る今の(プレイヤーからすると)理想的な環境は、中古市場の過熱とそれに伴う供給過多という不健全な市場環境によって支えられている。もし何らかの理由で中古市場が冷え込むと、次第に新品の供給量が減り、中古市場に出回るカードの総量が減り、金銭的ハードルの低さゆえに継続していたプレイヤーは離れるだろう。MtGと異なり今のところその中古市場が冷え込む要素が見当たらないが、「将来値上がりする(と思っている)から買う」という投機的な欲望に支えられている限り、常に中古市場は逆回転するリスクをはらんでいる。もしポケモンカードとMtG両方に「投資」している人が多ければ、MtGの中古市場の冷え込みで被る損失を補填するためにポケモンカードの資産を放出する可能性があり、その場合、連鎖的に中古市場の冷え込みが発生する。MtGは統率者フォーマットという「逃げ道」が存在するが、ポケモンカードはスタンダードフォーマットほぼ一択の状況になっており、新規カードが安価で手に入る環境に対しての依存度が高く、プレイヤーへの影響も大きい。

ということでまとめると、
・マクロ環境的にはTCGの中古市場は引き続き活況が続きそう
・ただしタイトル個別の事情があり、特にポケモンカードは中古市場が万一崩壊した際の影響が普通のプレイヤーにも及びそう
・統率者戦は楽しい

という話な気がしている。ポケモンカードの中古市場はそう簡単に冷え込まない気がしているが、言い換えれば規模が大きくなったおかげで何がきっかけで吹き飛ぶかはもう分からない状況になっている。今週末に出るスカーレット/ヴァイオレットが大コケしないことを祈っている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?