新プリキュアの前に、まとめ~キュアウィング編~

長年のプリキュアファン、KLPです。
新しいプリキュアのタイトル「わんだふるぷりきゅあ!」が発表された今、プリキュア20周年記念に起きた様々なことについて、まとめてみようと思います。
今回は、初めての男の子正式メンバー・キュアウィングについてです。


この上ないキャラクター

【キュアウィング登場!】

キュアウィング/夕凪ツバサ。初登場は第8話、初変身は第9話でした。

情報解禁以来、ファンの間では男の子プリキュアについて激しい賛否が巻き起こりました。

私自身は、過去作で男の子プリキュアの可能性が見えた時から、それ自体に拒否感はありませんでした。
とはいえ正式メンバーになるのは初めてのことではあるので、上手くいくのか注意深く見たいとも思いました。

結果、キュアウィングはこの上ない形で登場したと考えています。

夕凪ツバサは、12歳とプリキュアとしては年少、異世界のスカイランド出身、人の姿にもなれる鳥の妖精、と他にも特殊な要素があります。
そんな設定と、真面目で勉強熱心な性格、空を飛びたいという夢、エルちゃんのナイトになる決意が絡み合って、「男の子でもプリキュアになれる」ではなく、「夕凪ツバサがキュアウィングになる」という描かれ方になりました。
片目が隠れたおとなしそうな容姿が、変身すると両目が見えて印象が変わるのも印象的です。
そうして「男の子」を無駄に強調しないことで、上手くチームに溶け込んだと思います。
視聴者にとって珍しい要素でも、ストーリー上強調する必要があるとは限りません。度の過ぎた特別視をすると溶け込めなくなってしまいます。

実際、「当初は批判的だったけど違和感がない」と受け入れた人を多く見かけました。

映画「プリキュアオールスターズF」でも、78人中ウィングだけが男の子だということに、誰一人ツッコみません。
振り返ると、これまでのオールスターズでも、自分のチームにいないタイプのプリキュアを見ていちいち驚く……ということはほとんどなかったように思います。そもそもそこに割く尺もないのでしょうが、自分がそうであるように相手もプリキュアに選ばれてここにいる、それだけで十分なのでしょう。

【「逃げ」?】

「男の子」以外に様々な要素があること、「男の子」に特に触れない描写には、「新しい要素の衝撃を薄めようとする、逃げの姿勢だ」というような批判がありました。「男の子」に断固反対で何かと批判する人、逆に「男の子」を歓迎しているからこその人、双方から上がった意見です。

しかし、新しいことをするに当たって、広く受け入れやすいように様々工夫をすることは「逃げ」でしょうか。
むしろ、視聴者の目線から「逃げ」ずに真剣に向き合い、気配りをしたということであり、制作者として真っ当な姿勢ではないでしょうか。

大人のウィングファンもたくさんいるのはもちろんのこと、肝心の子どもたちの反応として、私が各種イベントで見た限りでは、少なくともウィングが出てきて場が白けるとか、歓迎されていないような空気はありませんでした。はっきりとウィングファンだと分かる子どもも見かけました。
もしウィングが、分かりやすく「男の子」を前面に出した、いかにも「今までにはいない新しいキャラ」という雰囲気だったら、ここまで受け入れられたでしょうか?
公式サイドが「どうせやるなら」という大胆さよりも、受け入れやすさを優先したのは、良い方法だったと私は思います。
(また、元から否定的な人の言う「どうせならこうすれば良かった」については、得てしてそのとおりにしたころで結局否定するので、気にしなくていいと思います)

ウィングの描き方に、一つも問題がなかったとまでは言えないかもしれません。それ以前に、個人の好みとして「こうしてほしい」があるのは当然で、制作者の工夫が合わない人もいるでしょう。
ただ私は、「100点でなければ0点」というような、極端な評価はしません。キュアウィングは十分成功の域に達したと思います。

これからの課題

【ピーチとのコラボ】

一方で、「男の子」が絡んで残念だと思ったこともありました。

1つ目は、航空会社のピーチとコラボしたときのこと。

最初に出たイラストがグッズにもなったのですが、夕凪ツバサだけがパイロット、女性陣がキャビンアテンダントであったことに、一部から男女がステレオタイプ的に分かれているとの批判が出ました。

これは私も惜しいと感じました。航空力学を学ぶツバサは確かにパイロットにふさわしいのですが、「女の子らしさ」を決めつけず描いてきたプリキュアで、男女をこういういかにもな分け方をしてしまうのは、ちょっと期待外れです。
せっかくツバサがチームになじんでいるだけに、こんな形で「男の子」に目立ってほしくありませんでした。

しかしその後、更なるイラストが展開され、ソラ・ハレワタールがパイロット、虹ヶ丘ましろが整備士の姿のグッズも出ました。

また、コラボの一環の第26話は、パイロットである母親を尊敬する少女のお話でした。

これらが元から予定されていたことか、批判を受けて急いで修正した結果なのかは分かりませんが、ともかくリカバリーはできていたと思います。
特にアニメ本編で女性パイロットの話ができたのは大きかったですね。コラボグッズは言わばコスプレのようなもので、ひろプリメンバーが本編で本当に就職したわけではありませんから。

【衣装騒動】

2つ目は、8月頃の衣装騒動です。

イベントのなりきりコーナーで、ある男の子がウィングに変身できず悲しんだ、という投稿が大きな話題になりました。イベントが市販品を使用していたということで、「ウィングの衣装を出すべきだ」という声が一気に高まり、結果、予約販売と写真館での撮影が決定しました。

※衣装の件はこちらの記事にも書きました。

この件の本質は、「自分の好きな『キャラクター』の衣装だけがなくて『子ども』が悲しんだ」です。スカイやプリズムやバタフライでも問題でしたし、悲しんだのが女の子でも問題でした。誰が当事者でも悲しいことだから多くの人が同情を寄せたのでしょう。
ただ、ウィングと、女児向けアニメを好きな男の子が当事者であったために、「公式サイドは男の子を形だけ仲間に入れて、肝心なところで排除している」という印象になってしまった感はあります。男の子プリキュアを認めない人達からもここぞとばかりにあげつらわれ、「男の子」が悪い意味で強調されてしまいました。

公式サイドの対応は炎上から2日程度と非常に早く、現物の画像まで用意されていたので、試作まではしていたとか、元々発売する予定はあったとか、様々な推測が飛び交いました。
この件からあまり日を置かないうちに、第31話でエルちゃんが写真館でプリキュア全員になりきる場面が出てきたのと、キュアマジェスティのおもちゃが衣装含めて解禁になったのとで、発売予定説がやや濃厚となった向きもあります。

しかし例えそうでも、イベントの時点で3人分しか用意できず子どもが悲しんだことは、やはり良いことではなかったと言わざるをえません。
また、手元に届くのは冬で、結果的にはバタフライどころかマジェスティよりも出回るのが遅い上に、番組が終盤に差し掛かる時期です。これが元々の予定通りなら、その予定からして批判されうるものでしょう。

この炎上について、ファンが公式サイドに迷惑をかけたとか、元々予定があったのに駄々をこねて話を大きくしたという言い方をする人もいますが、度を過ぎて攻撃的でないなら、批判そのものが的外れだとは私は思いません。実は発売予定でしたと後で言われても、ファンからすれば発表がないうちはそれが全てですし、長らく待たされている間にイベントの一件が発生したことは変わらないからです。

ただ、公式サイドが素早く対応し、ファンに向けて声明を出したのは良かったです。
裏でどんな話し合いがあったのか私には分かりませんが、問題が起きたことはそれはそれとして、その後どう対処するかも重要です。

――ところで、キュアウィングの衣装、すごく素敵です。フリルの付いたショートパンツに羽のような長い飾りを合わせたり、カラフルなボタンが付いていたり、小さなハットを頭に乗せたり……初の男の子キャラにここまで「プリティ」を詰め込んだプロの仕事を尊敬します。こんなに素敵なのだから、やはり着たい子どもはいるでしょう。どんな形であれ発売されて良かったと、改めて思います。

はぐプリで一時的に変身した男の子・キュアアンフィニの衣装はスカートのように見えました。いずれはスカートをはいた正式メンバーの男の子が現れるのかもしれません。
一方女の子でスカートではないのは、プリアラのキュアショコラ、スタプリのキュアミルキー、ヒープリのキュアスパークル、トロプリのキュアラメール、といったところでしょうか。これからも色々な衣装が見てみたいです。

【課題は今後に生かせばいい】

そしてこれら2つの問題は、男の子プリキュア自体がダメだという証拠にはなりません。

設定や描写の話と同じく、「100点でなければ0点」は極端です。
公式サイドは新しい要素を扱うに当たって、様々工夫をし、視聴者の目線を慎重に見極めようとしたんだと思います。それでも初めてのことですから、細かい部分で上手くいかないこともあるでしょう。そこで失敗を理由に挑戦しない方が良かったと言うのは、挑戦するということ自体の否定です。何の挑戦もしなかったら、プリキュアは20年も続かなかったでしょう。

また、衣装の件は、ウィングの受容と期待が高かったからこそ公式サイドが批判されたとも言えます。どうでもいい、不遇で当たり前のキャラだと思う人が多かったら、あんなに同情は集まりません。
課題は今後に生かせばいい、それだけです。ウィングを踏まえて、これからも魅力的なプリキュアが出てくるのを願います。

「女の子」はどうなる?

キュアウィング登場により、「これまでの主題歌の歌詞にある『女の子』や『ガールズ』といったフレーズと矛盾するのでは」という議論も一部にありました。
初代のコンセプトである「女の子だって暴れたい」や、「女の子は誰でもプリキュアになれる」というセリフも話題になりやすかったようです。

私は、キュアウィングにこれまでの作品は否定されないし、今後も女の子しかいないチームなら「女の子は~」と歌っていいと思いますね。
当のウィングがいるひろプリでさえ「Hero Girl」なんて歌っているので、そんなにガチガチの意味で使われていない気がします。
私の感覚は、例えば「ライスあります」と言われたとして、「パンはありません」とまでは言っていない、といった感じです。「男の子」を完全に排除する意図で「女の子は~」と言っているわけではないんじゃないでしょうか。

それと「女の子は誰でもプリキュア」は、もし意味にこだわるなら、「本当に『女の子は誰でも』だったか?」という話をしなければならなくなります。
プリキュアになれなかった女の子、と聞いて思い浮かぶキャラ、いませんか?
もし「そういう意味で解釈する言葉ではない」と反論するなら、男の子の扱いをどうするかもまた、解釈の問題に過ぎません。

歌詞やセリフはその作品を表すものであり、他の作品にとって参考になることはあっても、世界を狭めるものではないはずです。あまり堅苦しく考えずに楽しむのがいいでしょう。

「女の子だって暴れたい!」については、こちらの記事に詳しく書いたのですが、男の子がいるかいないかではなく、扱い方の問題だと思います。
また、作品ごとに描きたいものは違うはずなので、初代のメッセージの一つだけを一番大事なものとして、別な作品まで縛ろうとはしていないのではないでしょうか。

以下の記事の最後の部分にとても共感したので、引用します。

 女の子の憧れに寄り添い、「普通の女の子」の物語としてスタートした『プリキュア』シリーズ。その定義を少しずつ広げていった背景には、時代の変化や『プリキュア』自体の知名度の変化も大きく影響しているのは間違いないだろう。しかし、それらを包括して「プリキュア的精神の実践」と捉えることもできるのではないかと思うのだ。

 「生まれたときに割り当てられた属性」によって「なれるもの」が定められてしまったら、それは悲しい。そしてもしプリキュアたちだったら、境遇が違う相手に対してだって、その未来を前向きに祝福するだろう。

 プリキュアという存在自体がより多くの人に開かれ、憧れられる存在になっていくことは、プリキュアたちが作中で発するメッセージを制作陣自身も受け止め、感化されていった中での帰結という面もあるのではないか。

 もちろんこれからも『プリキュア』シリーズは女の子のための作品であり続けてほしい。そのためにも、「大きく取り沙汰される理由のないプリキュア」も等しく大切な存在であることを忘れてはならない。

 一方で『プリキュア』を観て育った世代が、性別や出自を理由に互いの可能性を否定せずに生きていけたのなら、それは翻って、女の子自身の可能性をも広げることになるのではないだろうか? そんなふうに思わずにはいられない。

“プリキュアの定義”の変遷と“そこに込められたもの” シリーズ20周年と映画最新作に寄せて

まとめ

私はキュアウィングに好意的な感想を持っていますが、なにも「初めて男の子が正式メンバーになった」という事実を一番に評価しているのではありません。キュアウィング/夕凪ツバサというキャラクターそのものの魅力を素晴らしいと思っています。

そして、この「男の子」が評価に入ってこないことこそ、今回の男の子プリキュアが成功した証拠なのでしょう。

キュアウィングを作り上げた公式サイドに感謝します。
「史上初」の肩書の付くキャラを堂々と演じた村瀬歩さんにも感謝です。完璧にぴったりな声と演技で、ウィングというキャラが完成されていました。

いつかまた男の子プリキュアが出てくるなら、どうなるんでしょうか。例えば主人公と同じ14歳くらいだったら。もっと「男っぽい」見た目や性格なら。鳥の妖精ではなく、まるっきり人間だったら。

史上初のウィングがこれほどのキャラクターなら、どんな男の子でも素敵な「プリキュア」になるだろうという安心感があります。

プリキュア20周年、キュアウィングの登場が見られて良かったです。

次回は他の様々なことについてまとめます。


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