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契約書レビューの費用対効果

法務の業務で大部分を占めるのは、取引先から提示された契約書の確認および修正依頼(以下、「契約書レビュー」という)ではないだろうか。しかし、この業務って実際どれくらい大事なのだろうか。

以下、ほとんど数字遊びではあり、具体的な数字は他社の参考となるものではないが、契約書レビューをすることの目的を金額にして考えてみた。

契約書レビューのコスト

現職における契約書の締結数は、年間でざっと200件ほど。

契約書の確認に要するコストは、契約書の性質によって大きく異なる。秘密保持契約などであれば、ささっと目を通して問題なければ、細かい修正はしない方針にしているので、10分とかからない事も多い。

他方で、お金の絡む契約書はもう少し時間がかかる。シンプルな構成のものであれば、30分~90分程度。やたら細かい契約書はその倍ぐらいはかかるだろう。

各契約書で、必要に応じて「この条件は変えてくれませんか?」という修正交渉が発生する。これにより、交渉コストが確認コストと同程度とかかる。交渉ラリーが増えればこれもどんどん増加していく。交渉ラリーに関しては、法務担当者が一人で相手方担当者とやりあうのではなく、事業部の担当者にもしっかり確認して貰う必要があるので、そのあたりのコストも乗っかってくる。重要な契約書であれば部長職以上や役員等が確認することも多い。

という色んなパターンを考えると、なかなか1件あたり何分かかっているかが不透明になってくる。ここらへんが不透明だから、コスト意識をせずに漠然と契約書レビューをしてしまいがちである

だから無理やりにでもコストを考えたい。

ざっくりと平均年収600万(法務担当者が専門職であり、それを確認する上長や事業部担当者はそれ以上のレイヤーであることが多いので、やや多めに見積もる)と考えると、月収50万、月間労働日数を21日として、600÷12÷21÷8(所定労働時間)=0.293万円となる。1時間あたり約3,000円である。

1. 秘密保持契約(50%)…平均15分 → 3000円×15/60×50%=375円
2.シンプルな契約書(30%)…平均90分 → 3000円×90/60×30%=1,500円
3.複雑な契約書(20%)…平均180分 →3000円×180/60×20%=4,500円

よって、契約書1件あたりの平均コストは6,375円となる(計算あってるかな…)。年間200件で考えると127万5000円となる。

契約書レビューのリターン

これだけのコストをかけることで期待されるのは損失・損害の防止である。

わかりやすいのが訴訟等の紛争で、その過程において、契約書の内容のおかげで取られすぎない&取りっぱぐれない結果を出す事。これがまた測定しづらい。契約書の内容が論点となる訴訟はそうそう発生しない。私の場合は3年間で1件あったが、過去10年近くなかったようである(その1件も契約書を確認したものではなく、こちらで起案したものである)。

多くても5年に1回ぐらいと考えるとそれまでのコストは637万5,000円。契約書のおかげで、訴訟においてこの金額以上を回収できる(払わずにすむ)のであれば合格点であろう。ただ、この金額はあくまでも最低点であり、この金額とトントンだと、付加価値をもたらしていないということになる。

契約書のレビューはコストで考えるべきか

契約書のレビューは、訴訟が発生しやすいかどうか、発生した場合どれぐらいの請求があり得るのか考えた上で、処理していかなくてはならない。当たり前だが、リスクに応じてかける時間を変える必要がある。

大してリスクがないのにやたら複雑な契約書は全文しっかり精査してこだわるのではなく、ポイント集中で、細かいところはすっ飛ばすぐらいで良い。

結局のところ契約書のレビューは保険でしかないし、その保険もいざ訴訟の時に効果的な保険になるとは限らない。契約書レビューをまったくせずに、ガシガシ契約をしたほうが効果が高いんじゃないかと思うこともある。

ただ、契約書や規約は、とんでもない違約金をサラッと入ってたりするので、日々の契約書レビューが致命傷を避けることも普通に有り得る。そして、その発生確率は測り知れない。ある程度の安定性が出てきた会社が、契約書レビューのために法務を採用することは当然とも言えるだろう。

契約書レビューのその他の効能

契約書レビューには、過剰になりすぎない程度でコストを掛ける意味はありそうである。

そして、これまで訴訟にフォーカスして検討してきたが、契約書レビューの結果として、取引条件や責任範囲を明確にできる場合は多い。

事業部側は、契約当初、どういう条件で締結したのか確認する目的で契約書に立ち返ることも多い。その結果として、取引先と自分たちのどちらが間違っているのかが明確になり、揉めそうだったところが事前に解決されることがある。

効果が目に見えづらいところだが、これこそ、契約書の本来的な役割の一つである。法務としては、法的観点でややこしいことを言うだけでなく「ここのところ、分かりづらいので明確にしませんか?」という指摘をしつつ、後から紛争が起こりづらい契約書に仕上げるというのもとても大事だと思う。

また、契約書レビューの過程で事業部担当者とコミュニケーションを取ることで、法務は事業理解を進めることができ、事業部はリスク感度を上げることができる。相互がそういう意識を持って対応する必要はあるが、これにより、契約書外のリスクの発見・予防に繋がることもままあることである。

結論

契約書レビューは絶対にしなければならないものではないが、私は、コストに見合う効果は出せていると感じる。本質的なリスクに直結しないところに時間をかけすぎないスタンスは大事にしたい。

会社が変わったり、方針が変わったり、事業が変わったりすれば、リスクや優先順位も当然変わる。状況に応じて、最適なアクションを起こせるよう、常に今の業務を疑い、必要に応じ変えていきたい。









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