夜型である自分への嫌悪とか

 私は夜型人間である。医療機関で調べたわけでは無いけれど、これはどう考えても……と自覚をしてから、もう20年近くは経つ。
 近年様々な研究が世界中で進んだ結果、別に夜型であること自体は特に異常とかではないし、人それぞれ持って生まれた特性のようなものだというのが解明されつつあると聞く(クロノタイプ、というんだっけか)。
 しかし、それでも私は、夜型人間=ダメ人間であるという認識から逃れられないし、夜型である自分への嫌悪や、昼型または朝型人間にどんなに努力してもなることが出来ないことへの情けなさだとか、恥ずかしさを覚えてしまう。そして、これには、明確な理由がひとつある。
 それは、幼い頃から母親が繰り返し私に植え付け続けた、固定観念だ。

 自身が夜型であることを自覚したのは思春期だった。でも、学生時代に学校に遅刻しまくって卒業できないだとか、そういうことにはならずに済んだ(短大では、多めに授業を取っていたため卒業は出来たものの、曜日問わず1時間目に入っていた授業の単位を2つほど落としたけれど)。
 夜型にも関わらず、高校まで学校に遅刻することがなかった私。しかし、実はこれ、ほぼ毎朝と言っていいほどの、母親の厳しい起こし方のたまものだった。
 学校へ行き勉強をして、帰って大嫌いな宿題もして。それからさらに遊んで疲れているはずの自分は、それでも夜なぜだかなかなか寝付けず、結果として睡眠時間がずれ込んで朝は目覚ましの音が聞こえない。そこで、母親が部屋へ繰り返し怒鳴り込んで来る。怒る時はやたらと叩く人である母から、頭を、背中を、ばしっと叩かれる。起きなさい、遅れる、ご飯食べないとだめでしょう、と。それこそ、最近の社会の基準に照らし合わせれば、家庭内暴力だ云々とか言われそうな勢いで。でも、そうして、私はやっと起床していた。もちろん叩かれるのは嫌だったけれど、それくらいしてもらわないと自分が起きられないから仕方ないし、きちんと起こしてもらえるだけありがたいと思うべきだと考えていた。これは今でもそう思う。
 しかし、それでも家を出る時間ぎりぎりまで起きられなかったことが一度あって。その時は、無言で部屋に入ってきた母親から腕を引っ張られて上体を起こされたと思ったら、頰をぱぁんっと平手打ちされた。そして、頰を張られたのは初めてだったために痛みよりも驚きが勝って呆然としている私に、母は、いい加減にしなさい、恥ずかしくないの、情けなくないの、とやはり怒鳴った。母は泣きそうな顔をしていた。きっと、私が朝が弱くて毎朝かなり厳しい起こし方をされないと起きられないことを恥ずかしく情けなく思っていたのは、自分よりも母の方だった。そして、おそらくこの時、初めて、自分の生活時間と睡眠はもしかしておかしいのでは、と私は考え始めたように思う。小学校の最高学年の時のことだった。

 中学校へ上がって、目覚ましをさらにうるさいものに買い換えてもらった。そして、ぽつぽつと自分で起きることが出来る日が出てきた。しかし、思い返すとそれは、大人に近付いたことで、仕事に出なければいけない大人の朝の時間がどれだけ大変なのかやっと理解し始めたと同時に、前述の一件から、毎朝忙しい母への罪悪感をきちんと(というとおかしいかもしれないけれど)覚えるようになったことが、目覚ましがうるさくなったことよりも大きかったように思う。そこから、比較的自分で起きられることが年々増えていった。でも、相変わらずぎりぎりの時間ではあった。そして、時間に余裕をもって計画的に動けない私を見ているとやはり情けなく恥ずかしいのか、朝も、朝でなくても、毎朝余裕をもって起きられないことについて、母はしょっちゅう私を叱り、どうしてあんたはそんななの、と糾弾した。
 公務員であり、規則正しく、自分にも他人にも厳しく過ごしている母は、私からだけでなく誰が見ても、とても模範的で、眩しいくらいに正しい人間だった。
 母はよく、私にこう言った。朝型と夜型というものがあるみたいだけれど、夜型の人間は(何か重大な事情があってそうしなければならない場合を除いて)努力が足りなくて朝型になれないだけ、朝きちんと起きて夜になったらきちんと寝るのが人間の正しい在り方、それが出来ないというのならその人は人としておかしい、間違っている、と。“絶対的に正しい人が懸命に説く正しい人間の在り方”として幼い頃から耳タコレベルで聞かされ続けたそれは、私の脳に深く深く刻み込まれてしまって、とても消えそうにない。もはや、呪いと言ってしまってもいいのではないだろうか(そして、さすがにそこまでの言い方は母に申し訳ないかなぁと思ってしまう自分がいるし、さらにこの申し訳なく思うこと対して、親から子への洗脳って恐ろしいなと考える比較的客観的な自分も一応居たりする)。

 それから大人になり、ネット環境を使いこなせるようになるにつれて自分で様々なことを調べるようになった今、やっとこういった振り返りが出来るようになったし、少しずつ過去の自分を許してやりたいと思えるようになった。
 母が決して正しいだけの人間でないことも今は分かる。そんな母とは幼い頃からそりが合わなかったし、今もやはり合わない。たしかに尊敬する部分はあるし、そこはずっと明確に尊敬してきていると言えるけれど、母親を好きかと直球で聞かれると、正直答えに悩む。そんな関係である。
 それでも未だに、やはり朝型人間になりたい、こんな自分ではやはりダメだ、と思ってしまう事がよくある。地元はとても田舎だけれど、深夜帯の仕事は無くもない。というか、普通にある。それを選べばいいのに出来ずにいるのは、朝型の主人との生活時間が決定的にすれ違ってしまうことへの懸念は大きい。けれど、それよりも大きいのは、夜間の職に就くなんて報告をすれば、やはり母がそれを受け容れられず、渋い顔で心配し続けるだろうことが目に見えているからである。それこそ、“きちんとした”昼間の仕事に転職するまで、ずっと。
 

ここまでお読みいただき感謝します。もしサポートいただけましたら、文章力を磨くために、本の購入資金にしたいと思います。