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「キラキラした社会人」になれなかった僕が、「ポジティブな社会人」でいるために心がけている5つのこと

学生時代に戻りたい」と言う社会人がいる。
この記事を読んでくださっているあなたも、もしかしたらそうかもしれない。

ちなみに自分はどうかというと、最近はあまりそう思うことが少ない。それだけ今という時間をポジティブに捉えられているのだろうが、ではなぜポジティブに捉えられているのだろうか。

「社会人」に対して抱いていた幻想

思い返せば、就職活動をしていた頃の自分は「社会人」というものに対して漠然とした希望を抱いていた。

「ビジネスという手段で、世の中を変えられる」
「自分という商品を通じて、クライアントに笑顔を届ける」
「お金を払ってでも、今の会社で働き続けたい」

会社説明会やOB訪問の場には、そんなキラキラした言葉が飛び交っていて、自分もさぞ当たり前のように、キラキラした毎日を送るものだと思っていた。

しかしたいていの場合、就活生の前に姿を現す社会人は、その会社で最も活躍している社員のうちの一人だったりする。(どの会社だって少しでも自分の会社をよく見せたいのだから、そりゃあそうだ、という話だけれど。)

そういったある種の「大人の事情」を分かっていなかった僕は、入社してしばらくの間、自分自身と「自分が思い描いていた社会人像」とがあまりにもかけ離れていることに日々悩まされていた。

「とりあえず3年」働いてみて、わかってきたこと

そんな僕も、今年で社会人4年目になった。

今でも自分自身が「キラキラした社会人」には程遠いと感じるが、入社当時の自分と異なる部分がある。

それは、「社会人として生きていく上でどういうことを心がけていればポジティブにいられるか」をわかってきた、という点だ。

できることならそれらを過去の自分にも教えてやりたいところだが、あいにく僕の机の引き出しからは青色の猫型ロボットは出てこないし、怪しい機械を積んだ銀色の改造車で迎えに来てくれる科学者の知り合いもいない。

しかし、こうやってnoteで公開することで、もしかしたら当時の自分と同じように悩んでいる社会人の参考にはなるかもしれない。

そんな淡い期待を抱きながら、書いてみようと思う。

1.「仕事が楽しい」状態は自分で作るしかない

ほとんどの社会人が共感してくれると思うが、大抵の仕事は大変だし、面倒だと感じるものも多い。その上悲惨なことに、よほど変わった職場でない限り、仕事が楽しいものになるようお膳立てしてくれる同僚や上司、クライアントはいない。

しかし、世の中にはしばしば「仕事が楽しい」と言う社会人がいる。

彼らとそうでない人の違いは、「仕事が楽しく感じられる工夫をしているかどうか」にあるのだと僕は考えている。

こういった趣旨の話をする際、しばしば引き合いに出されるのが「ピラミッドを建てる奴隷の話」だが、全員が全員「俺はエジプトの歴史を創っているんだ!」と考えながら石を運ばなくてもいいと思う。

「力仕事をしていると自分の全能感を感じられる」とか、「石を運んだあとの一杯がたまらない」とか、「とにかく石を運ぶのが好きで、休日も趣味で石を運んでいる」とか、もっと素朴な理由で石を運んでもいい。

何よりも大切なのは、「どういう状態なら自分が"楽しい"と感じられるか」を知り、そのような状態に身を置くために工夫し続けることだと思う。

2.仕事以外に熱中できるものを持つことが、精神の安定につながる

いくら仕事が楽しく感じられても、自分の100%を仕事に委ねてしまうことは危険だ。自分の情熱や達成欲の全てを仕事に求めてしまうと、スランプに陥った際、心の拠り所がなくなってしまう。

だから仕事以外に少なくとも一つは、自分が心から熱中できるものを持つことが大切だ。そうすれば、自分の中に「仕事の自分」以外の「自分」を持つことができ、仕事で苦しいことがあっても、トータルとしての「自分」は挫けにくくなる。

そういう意味では、社会人になってからも音楽活動を続けていて本当によかったと思う。実際に社会人2年目の頃、自分が担当していた案件が大炎上し心身ともに疲弊していた時は、音楽仲間の何気ない一言に救われた。

ライフステージが変わり家庭を持つようになれば、趣味の時間がなかなか取れなくなる場面も出てくるだろうが、そうなったら今度は家庭に対して熱中できるような自分でありたい。

3.もやもやしたら立ち止まって整理してみる

日々を一生懸命生きていると、どうしても目の前のことばかりでいっぱいいっぱいになってしまい、自分が何を積み重ねてきたのか、どちらに向かっているのかがわからなくなることがある。

そんなときは、まとまった時間を作って、自分の「過去」「現在」「未来」に思いをめぐらせ、文字に起こして整理してみるといい。(その一環としてこのnoteも書いているつもりだ)

現在自分は何が得意で、何が苦手なのか。
過去の自分と比べて、現在の自分の視野はどう広がったのか。
現在の自分が未来の自分を考えた時、どういった状態なら幸せなのか。

この時僕が心がけているのは、「完璧に整理できなくてもいい」と楽観的に考えることだ。「過去」のことは忘れた部分もあるだろうし、「現在」は刻一刻と過ぎて「過去」になってしまうし、「未来」がどうなるかなんて正直だれにもわからない。

大切なのは、こういった「整理」を定期的に行うことだと思う。目の前のことしか見えなくなって「もやもやを抱えながら生きているな」と感じたら、立ち止まって整理する。一通り整理してもやもやしたものが晴れたら、また毎日を頑張れるようになる。

4.いいきっかけをくれるのは自分の周りの人である

人生がうまくいっていると、「自分、頑張って来てよかったな〜昔の自分のおかげだな〜」と感じることがあるが、多くの場合、それは周りの誰かがいいきっかけをくれたからに他ならない。

音楽を始めたきっかけも、今の会社に入ったのも、こうやって#cotree_advent_noteに寄稿させていただいているのも、きっかけは「自分」ではなく「人」である。

だから人との出会いは大切にしなければならないし、周りの人には感謝の気持ちを持っていなければならない。

「感謝」といっても、大げさなことをする必要はないと思う。会ったら挨拶をする。親切にしてもらったら「ありがとう」と言う。迷惑をかけたときは謝る。そういった誰にでもできることを素直に実行するだけでいい。

その上で、どうしても苦手な人や、善意につけこんで自分を利用しようとする人が現れたときは、そっと距離をおけばいい。

5.内なる声に従う

「内なる声」は、いわゆる「本音」「直感」のことで、これは僕が最近一番大切にしている考え方だ。

ややスピリチュアルな話になってしまうが、僕には、人生の分岐点となる場面で自分の「内なる声」が聞こえたことがある。

あるときは大学のゼミを選択する場面で。
またあるときは就職先を決める場面で。

とあるアカペラ団体に参画するきっかけとなったメールを送るときも、ずっと頭の中で「このチャンスを逃すと一生後悔するぞ!!」という声が聞こえていた。

どうやら僕の「内なる声」はより厳しい選択が好きらしく、正直言って従うことがプラスと言い切れないことも多いが、後々になって、その声に従っていなかったら得られなかったであろう出会いや経験に恵まれることは多い。

これからもそんな「内なる声」に振り回される人生であってほしいと願っている。

ここまで書いてみて思うこと

結局のところ、なぜ自分が「キラキラした社会人」になりたかったのか、今ではよくわからないし、そもそも「キラキラした社会人」とはどういう社会人なのか、具体的にイメージできていなかったのだと思う。

「何者かになりたい」と思うことも尊いことだが、それ以前に自分は自分だ。

今の自分のあり方や、自分の一つ一つの選択・行動を尊重することが、「ポジティブに生きていくこと」ひいては「幸せ」につながるのだと思う。


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