「学芸員・西紋寺唱真の呪術蒐集録」発売記念セルフインタビュー

(※本項は、2020年8月25日にKADOKAWAメディアワークス文庫より刊行された新作小説「学芸員・西紋寺唱真の呪術蒐集録」の発売に伴い、作品内容を紹介するため、作者が自分で自分にインタビューする体で書いたものです。)

―― 今日はよろしくお願いします。

峰守:こちらこそよろしく。

―― ではまず、本作のあらすじについて聞かせてください。

峰守:主人公は宇河琴美。横浜の大学に通う三年生だ。彼女は美術館やアートが好きで美術館で働くことを夢見ており、そのために学芸員の資格を取ろうとしている。資格を取るためには実際に博物館や美術館で一定期間の実習を受けないといけないんだけれど、申し込んでいた美術館から実習受け入れを断られてしまうんだね。しかも土壇場になって。
 で、仕方なく今から実習を受けられる施設を探したところ、「北鎌倉アンティークミュージアム」という小さな私設博物館が一名だけ受け入れられるという。
 自分の専門とはまるで違うけれど、背に腹は代えられないので実習を申請し、実際に現地に出向いてみると、そこでは執事のような出で立ちの美青年が、それはもう優雅に骨董品の解説をしていた。これがタイトルにもなっている西紋寺唱真だ。
 上品で礼儀正しい唱真のふるまいに琴美は安心するものの、実はこの学芸員、呪術が大好き、呪術関係の資料も大好き、できれば自分の体で呪いを受けてみたいと願っている変人だったからさあ大変。

―― アンティーク関係なくないですか?

峰守:ないよ!
 読んでもらうと分かるんだけど、この西紋寺唱真、北鎌倉に研究拠点が欲しかっただけの人なんだ。仕事だから解説も展示もするけれど、自分の専門はあくまで呪術という点は譲らない。
 そんな人物なので実習の内容も通り一遍なものなわけがなく、最初の課題は、丑の刻参りで特定のターゲットに……まあ要するに唱真にダメージを与えることだったりする。

―― 無理じゃないですか。

峰守:普通はそう思うよね。琴美はもちろん面食らうしドン引きもするが、ここで引き下がっては数年かけて取得してきた学芸員資格のための単位が無駄になる。
 かくして琴美は唱真の下で実習を受けることになり、唱真から課される怪しい課題に挑んだり、博物館に持ち込まれる妙な事件に巻き込まれたりする中で、呪いやまじないの奥深さ、ひいては博物館や学芸員の存在意義を知っていく……というような話だよ。
 余談だけど、タイトルは最初「西紋寺唱真の実践呪術実習室」のつもりだった。

―― 早口言葉みたいですね。

峰守:言いにくさを狙ったんだよね。案の定ボツになったけど。

―― でしょうね。では次に登場人物について聞かせてください。カバーイラストになっているのが、主人公の西紋寺唱真ですよね?

西紋寺表紙

峰守:そう。カズアキさんの絵は本当に美麗だよね。とある理由から呪いの実証にこだわるようになった、呪術大好き学芸員だ。
 なお、彼が呪いに惹かれた理由は作中でちゃんと明かされており、「シリーズが続けば分かるかも?」みたいなことはないから安心してほしい。一巻できちんとオチは付きます!

―― どうしたんです急に。

峰守:言っておきたくなったものでつい。唱真は変人ではあるんだけれど、社会性のないマッド研究者じゃなくて、外面の大事さも理解している。そのあたりが彼の個性と言えるかな。老若男女のみならず、資料に対しても敬意を払っており、ほとんど常にスリーピースと白手袋を常に身に付けている。自身の顔の良さも自覚していて、一部では「北鎌倉博物館界のプリンス」と呼ばれている……という設定だよ。

―― 「北鎌倉博物館界」って、範囲狭くないですか?

峰守:君が思っている以上に北鎌倉には博物館が多いんだよ。だから多分一人くらいそういう人もいると思ってこういう通り名にしたんだけど、もし本当にいらっしゃったらすみません。

―― メインキャラクターはもう一人いますよね。

峰守:宇河琴美だね。主人公と言うか視点人物にあたるキャラクターで、さっき言った通り、美術館学芸員を志す大学生だ。好きなジャンルはメッセージ性の強い現代アート。
 とにかく運が悪い体質で、よく貧乏くじを引かされるんだが、そんな経験が多いもんだから無駄にバイタリティはあり、言われっぱなしで済まさない強さ、逆境に負けないへこたれなさも持っている。
 変人である唱真には最初はドン引きするけど、研究者として、また学芸員として尊敬できる部分が唱真にもあることに気付いてからは、次第にいいコンビになっていくよ。どういう掛け合いをするのかは実際に読んでみてほしいんだけど、楽しく書けたと思っている。

―― 自己評価がお高いことで。

峰守:君は何? 僕が嫌いなのかい? と言うか、作家ってだいたいそういうもんだよ。

―― この二人はどういう事件に挑むわけですか?

峰守:エピソードは全部で四つ。二人の出会いを描いた第一話に続き、家族を呪って亡くなった名家の老婆が持っていた謎の人形の出自を探る第二話、大きな博物館で展示されることになった鬼の頭蓋骨があって、これがどう見ても作り物なのに周囲の人に祟っていくのでその謎を解く第三話、そして、唱真が呪術に惹かれたきっかけに向き合い、今なお生きる本物の呪術と出会う第四話、という構成になっている。
 鎌倉の旧家や大博物館など、エピソードごとに舞台も登場人物も変わるから、連作として楽しんでもらえるとありがたいね。北鎌倉を中心に、あのあたりの実在の史跡や伝説なども多く出てくるよ。

―― なるほど。では次の質問ですが、どうして北鎌倉を舞台にしたんですか? 前に同じ土地の話を書いたことがあって資料を使いまわせると思ったからですか? ひきょうもの! 

峰守:花嫁は泣いた! 猫舌星人グロスト登場!
 ……説明しておくと、「ひきょうもの! 花嫁は泣いた」というのは、「父さん! 邪悪な力に負けないでください」でおなじみ「ウルトラマンタロウ」36話のサブタイトルで、その回に登場する敵が「猫舌星人グロスト」なんですね。
 それはそれとして、鎌倉を舞台にした理由について。確かに、一度舞台にしたことがあるので、少しは土地感覚が分かっているというのはあるよ。

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 だけど、それだけではなくて、まず、土地に付随したイメージを使いたかったというのがある。鎌倉のように古都と呼ばれるような街には歴史的な事物が多いから、伝奇的な話と親和性が高いし、それに鎌倉は怪しいものがいたり、不思議なことが起きそうだという印象がある。実際そういう作品もあるだろう?

―― 西岸良平先生の「鎌倉ものがたり」しか思いつきませんが。

峰守:一作あれば充分だよ。名作だし。あと、これは、呪術というテーマを選んだ理由ともかかわってくるんだけれど、大都市圏に近い街を舞台にしたかったんだよね。

―― というと?

峰守:うん。呪いやまじないというのは、技術であり知識だから形を持たないし残さないよね。藁人形とかお札みたいな物体もあるけど、それをどう使うか、それはどういう儀式のためのものか、という情報にはやっぱり実体がない。そういうものがかつて伝わっていて、今もなお残っているかもしれないとしたら、どういう場所があるだろう、どういう場所だったら面白いだろう……と考えてみたんだよ。
 たとえば辺鄙な村や島に独自の儀式が生き残っているという話はよくあるよね。僕も好きだし書いたこともある。

―― 何回かやりましたよね。

峰守:大好きなんだよねあのパターン。でも、そういう文化が今もまだ残っているか、近年まで生き続けていた場所としては、僻地や過疎地や限界集落よりもむしろそこそこ大きい街の方が自然なんじゃないかとも思っていたんだよね。人がいないと文化は残らないし、逆に言うと、人がいて、ある程度古い家が残ってるなら、文化は残るわけだから そして、まじないのような無形の文化は、表に出ない限り存在を知られることがない……。
 また、そういう文化があるなら、たとえば人間を生贄に捧げるみたいなリスクが大きい割に具体的な利益のない儀式ではなく、具体的なメリットがないと残らないんじゃないか、とも思ったんだ。そういう意味では呪いと言うのは強いんだよ。誰かを害したいとか現世的な利益を得たいといった願望はいつの世も不滅だろう?

―― それはそうですね。だからこそ、鎌倉という、首都圏に近くて歴史のある街を舞台にしたと。

峰守:そう言ってもいいかな。話の素材になりそうな史跡も多いしね。安倍晴明の石碑とか安倍晴明の石碑とか安倍晴明の石碑とか。

―― なんで三回言ったんです? というか安倍晴明って、あれは京都の人では?

峰守:ところが北鎌倉には安倍晴明ゆかりの石碑があったりするんだよ。呪術と言えば陰陽師、陰陽師といえば安倍晴明だからね、呪いの話にはぴったりな舞台なわけだ。なぜ鎌倉にそんな史跡があるのかについても作中で解説しているよ。

―― なるほど。それは気になるところですね。最後にもう一つ、本作の舞台は北鎌倉の博物館ですが、なぜ大学や研究所ではなく博物館にしたのですか?

峰守:大学で研究したり資料を集める話はこれまでにも書いたけど、そことの差異は何かと言うと、博物館の学芸員は、調べるだけじゃなくて知らせるところまでが仕事のうち、というところなんだよね。
 調べて知ってそれで終わりにするのではなく、それを誰もが知れる形で残す……。そのことの意義を作中で取り上げたかったからかな。
 また、明らかに不正確な情報が流布されている場合、どう対応したらいいんだろう? という話もやりたかったんだ。これは期せずしてタイムリーなテーマになってしまった気がするね。

―― ビエですね。

峰守:ビエだよ。本来は影も形もなかったはずの設定がいつの間にか盛られて流布され固定されてしまう。興味深いけれど恐ろしいことだ。騙されてはいけない。アマビエに騙されちゃなんねえ。アマビエに騙されちゃなんねえ!!

―― はいはい。では最後に、本作に興味を持っている方へのメッセージをお願いします。

峰守:これは、北鎌倉の小さな私設博物館を舞台に、変わり者の学芸員が不運な実習生を振り回しながら呪術の謎と魅力に迫る伝奇連作だ。それぞれのエピソードは読みやすい長さで完結しているから、連続ドラマのように楽しんでもらえると思う。
 でも同時に、これはとても普遍的なことについての物語でもあるんだ。探求と成長ということについてのね。

―― 「でも同時に、これはとても普遍的なことについての物語でもあるんだ」、ほんと大好きですね。

峰守:前も言ったけど、これを付けるとインタビューっぽくなる気がするんだよね。研究者の方々、それに北鎌倉という土地へのリスペクトを込めつつ読みやすく書いたつもりだ。作者としては楽しい話になったと思っているので、共感してもらえればうれしいよ。

―― 今日はありがとうございました。

峰守:こちらこそ、ありがとう。