「金沢古妖具屋くらがり堂」発売直前セルフインタビュー

(※本項は、2020年2月5日にポプラ社より発売される新作小説「金沢古妖具屋くらがり堂」の発売に先立ち、作品内容を紹介するために、作者が自分で自分にインタビューする体で書いたものです。)

―― 今日はよろしくお願いします。

峰守:こちらこそよろしく。

―― ではまず、本作のあらすじについて聞かせてください。

峰守:舞台は北陸は石川県の県庁所在地、金沢だ。主人公は、この街に引っ越してきたばかりの高校一年生の少年・葛城汀一(かつらぎていいち)。表紙を見てほしいんだけど、この左側にいる背の低い方の男子だね。

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 引っ越しの翌日、金沢の街を見物していた彼は、とある古道具屋「蔵借(くらがり)堂」の前で売り物の壺を壊してしまう。店の隣のカフェのウエイトレスの女の子に気を取られていて、壺を蹴飛ばしてしまうんだ。これがきっかけで汀一はその古道具屋でアルバイトをすることになるんだけれど、実はその店は妖怪の道具、通称「妖具」を扱う店だった! というわけさ。

―― 「妖怪の道具」というのは、妖怪の使っていた道具ですか? それとも道具が妖怪であるという意味でしょうか。

峰守:どっちもだよ。名のある妖怪が使っていたアイテムもあるし、妖怪化してしまった道具もある。しかも、店の従業員や住人も全員妖怪だったんだ。妖怪が実在しているなんて思っていなかった汀一はもちろん驚くが、妖怪と言っても普通に話は通じるし、仕事は楽そうだし、隣のカフェの子は可愛いし、じゃあいいや、ということでバイトを決めるんだね。

―― 軽いですね。

峰守:前向きと言ってくれないかな。まあ実際軽いやつではあるんだけれど。で、その店には、汀一と同い年、しかも同じ学校に通う濡神時雨(ぬれがみしぐれ)という少年がいた。この時雨がもう一人の主人公だ。

―― 表紙の右側、学生服で傘を持っている方ですね。

峰守:そう。この時雨は軽い汀一と違って真面目な堅物だから、売り物を蹴っ飛ばして壊した汀一を雇うことに反対するんだけど、人手不足を理由に店主に押し切られてしまうんだ。あ、この店主ももちろん妖怪だよ? 
 かくして汀一は放課後になるとバイトのために「蔵借堂」に通うようになり、店に住んでいる時雨と一緒に、妖具にまつわる事件を解決したり、あるいは何かを共謀したり、巻き込まれたりしていく……という話だ。一話完結形式の短編連作で、エピソードごとに色々な妖怪が出てくるよ。

―― 登場人物についてもう少しくわしく教えてもらえますか?

峰守:第一の主人公である汀一は、普通の高校生の少年だ。とっつきやすくて人当たりのいい性格だけど、浅はかなところもある。
 彼は、両親が海外で働くことになったので、金沢に住んでいる祖父母のところに単身で引っ越してきたんだ。両親の仕事の関係で幼い頃から引っ越しを繰り返してきた経歴があり、新しいクラスや人間関係などに馴染むことには慣れている。外見や言動が他人に警戒感を与えないタイプだから、話しかけられやすいんだよね。
 反面、親友と呼べるような相手をこれまで持ったことがなく、深い人間関係を構築したこともない。そのことを自覚しているから、他人とのかかわり方に対して「これでいいのかな」と不安を持っている面もある。ただ明るくて軽いだけの少年ではないんだよ。
 明るさと繊細さ、前向きさと内省傾向……。こういった二面性はキャラクターに複雑な奥行きを与え、ドラマの構造を深化させるとともに、読者の共感を誘うことができるんだ。

―― 何かの受け売りですね。

峰守:一昨日見た海外ドラマの特典映像でプロデューサーが言ってたんだよ。

―― もう一人の主人公である時雨の方はどういう性格なんですか?

峰守:さっきも言ったけど、彼は真面目な堅物だ。妖怪としてのアイデンティティを常に自覚していて、妖具を扱う仕事に誇りを持っており、いずれは妖具を補修できるような職人になりたいと思っている。伝承についても詳しいし危険な妖具を取り押さえたりもできる、割と頼れる男なんだけれど、他人とかかわることはあまり得意ではないし、好きでもない。討論やディスカッションや解説はできるけど雑談となると会話が途切れてしまうタイプ、と言えば分かるかな?

―― 汀一とは気が合わなそうですね。

峰守:はっきり言って合わない。時雨にしてみれば「なんでこんな軽薄で無知なやつと一緒に働かねばならんのだ」という感じだよね。汀一の方はと言うと、時雨のようなタイプは得意ではないけれど、そもそも他人とかかわることが苦手ではない性格なので、時雨ほど困ってはいないという感じだね。
 それに、汀一にとっての時雨は、引っ越してきて初めてできた知り合いで、転校先の学校では唯一の知人になるわけだ。教室のことやバスの乗り換え方など、分からないことは時雨に聞くしかないから結構ガンガン聞いていく。他にいないからね、聞ける相手が。

―― 時雨の方はどう対応するんです?

峰守:彼も決して悪人ではないから、困っている知り合い兼同級生兼同僚を放っておくわけにもいかず、仕方ないから相手をする。そんなやり取りを重ねていくうちに結果的に交流が深まっていくんだ。
 当人たち、特に時雨にしてみれば困惑することも多い関係性だし、二人とも成長途上で未熟な面も多いから失敗も多いんだけれど、辛さや気まずさも含めて楽しく読めるように描いたつもりだよ。

―― 二人の他にはどんなキャラクターが登場するんですか?

峰守:まず、蔵借堂の隣のカフェでバイトしている少女がいる。名前は向井崎亜香里(むかいざき・あかり)。汀一がつい見入ってしまって売り物を蹴り割るきっかけを作った人物なんだけど、実はこの子も妖怪で、時雨と同じく蔵借堂に住んでいる。言っていなかったけど、このカフェと蔵借堂は一つながりの建物で、店主は同じなんだよね。
 この亜香里は時雨や汀一と同い年の高校一年生で、気さくで優しくて明るくて可愛い。神経質なところもある時雨とは対照的に、しっかり者で面倒見のいいタイプなんだ。

―― 今、店主と言いましたが、その人も妖怪なんですよね。

峰守:もちろんさ。古道具屋とカフェの両方を経営している人物がいる。この他、古道具屋の奥で妖具や道具の修理をやっている強面な職人もいるし、他にも誰かいるかもしれないし、いないかもしれない。

―― 読んでみてのお楽しみ、ということですね。ところで時雨は妖怪とのことでしたが、妖怪と言っても色々いますよね。

峰守:時雨の種族と言うか正体についても「読んでみてのお楽しみ」とさせてほしいな。ただ、間違いなく誰もが知っている妖怪だ、とだけ言っておくよ。正式な名前を知らなくてもイラストなどを見かけたことは絶対にあるはずだ。

―― 言い切りましたね。

峰守:作家は適当なことを言うもんさ。でもそれくらい有名な妖怪だとは思うよ。
 ついでに言うと、時雨にはずっと抱え込んでいる悩みがあるんだけれど、それは彼の正体や能力と密接に関係していて、そのことがドラマのクライマックスでは大きな意味を持ってくるんだ。
 もちろん、時雨以外の妖怪たちにもそれぞれ正体はある。これは何という妖怪なんだろうと推理しながら読んでもらえるとありがたいね。

―― 道具で妖怪と言うと、いわゆる付喪神を連想するのですが、その系統ですか?

峰守:具体的なことは言えないけれど、そこはあえて外したつもりだよ。確かに、古い道具が変じたとされる妖怪カテゴリー――「付喪神」は、現代のフィクションではメジャーだし、そこに含まれるとされる妖怪にもユニークな名前と姿を持つものは多い。「松明丸」「琵琶牧々」「乳鉢坊」など、どれもいい名前だよね。
 ただ、彼らのほとんどは、江戸時代の妖怪絵師であるところの鳥山石燕が百鬼夜行絵巻をベースにして創作・命名したキャラだろう? だから物語や設定がないし、道具の妖怪には他にも魅力的なものがたくさんいる。

―― なるほど。だからあえて鳥山石燕系の妖怪は出さなかった、と。

峰守:まあ出してはいるんだけどね。

―― えー。

峰守:だってほら、石燕系の道具妖怪って基本中の基本みたいなところがあるし、何も出さないのもそれはそれで変かなって思って……。でも、登場する妖怪や妖具のチョイスには気を配ったつもりだよ。意外感と納得感のあるキャスティングが出来たと思っている。
 そうそう、道具系統だけじゃなくて、舞台となった金沢周辺に伝わる妖怪も結構出したので、そちらもお楽しみに。

―― 舞台はなぜ金沢なんですか?

峰守:理由はいろいろあるけど、一言でいうと妖怪っぽさを感じたからかな。

―― 確かに、妖怪と親和性の高い街ですよね。天狗ハムとか。

峰守:そう。金沢人ならみんな知ってるあの天狗ハムとかね! おいしいぞ!
 まあ、普通はここで金沢出身の文豪で妖怪文学の第一人者であるところの泉鏡花を挙げたりするんだろうけど、ともかく、歴史があって古い町並みが残っていて古いお店も多くて……という金沢の特徴は、妖怪の古道具屋という設定と合うと思ったんだ。
 実際に現地に行ってみて改めて思ったけれど、歴史も活気もある街なんだよね、金沢というのは。空襲を受けていないからだろうね、川や水路がそこら中に流れていて、道も入り組んでいて、古い建物と新しい建物が当たり前のように隣り合っている。古い妖怪と若者の交流する話の舞台には最適だと思ったね。それに金沢には妖怪の伝承も多いだろう?

―― そうなんですか。

峰守:そうなんだよ。江戸や京都にもあるような都市的な怪談がいくつも残っている町なんだよ。それでいて、いかにも土着的な素朴な妖怪も多いし、加賀全域、さらには北陸にまで視界を広げると、種類はさらに広くなる。そういう妖怪たちが金沢に集まってきていたり、たまに足を運んできたりしているという設定にすると、バリエーション豊かな妖怪が出せると思ったんだ。事実、その通りになったと自負しているよ。

―― なるほど。では最後に、本作に興味を持っている方へのメッセージをお願いします。

峰守:これは、小さな古道具屋で一緒に働くことになってしまった人間の少年と妖怪の少年の二人が、未熟な者同士、気が合わないなりに二人三脚で頑張っていく物語だ。それぞれのエピソードは読みやすい長さで完結しているから、今度はどんな妖具や妖怪が出てくるんだろうと想像しながら楽しんでもらえると思う。
 でも同時に、これはとても普遍的なことについての物語でもあるんだ。成長と友情ということについてのね。

―― 「でも同時に、これはとても普遍的なことについての物語でもあるんだ」大好きですね。

峰守:まあね。これを付けるとインタビューっぽくなる気がするんだよね。でも実際そう思っているのも確かだよ。コミカルな事態からシリアスな出来事まで色々なことが起こるけれど、全編通じて読みやすく書いたつもりだ。古道具屋「蔵借堂」の居心地の良さを感じてもらえればうれしいよ。

―― 今日はありがとうございました。

峰守:こちらこそ、ありがとう。

―― ところで、この本の発売の五日後には、「新宿もののけ図書館利用案内2」が一迅社から発売されますよね。

峰守:そう。期せずして「妖怪が人間に交じって暮らしている世界で、人間が妖怪と一緒に仕事をする」という形式の話が続くことになったんだ。設定や登場人物は昨年のインタビューを見てほしい。
 それぞれ独立した作品であるのは言うまでもないけれど、せっかく連続して出るんだから、続けて読むと気付けるかもしれないような小ネタもまあ一応なくはないと言えなくもないんだよ。

―― 持って回った言い方ですね。

峰守:ほんとにささいなネタなんだよね。登場人物が共通しているとかそういうのでもないし。「くらがり堂」は男子高校生たちの放課後を、「もののけ図書館」は社会人の職場を描いた話なのでテイストは違うし、空気感も読み味ももちろん違う。どちらもそれぞれ楽しい話だと思うから、作者としては両方読んでもらえると嬉しいよ。

―― なるほど。今日はありがとうございました。

峰守:どういたしまして。