「うぐいす浄土逗留記」発売記念セルフインタビュー

(※本項は、2020年12月15日にKADOKAWA富士見L文庫より刊行された小説「うぐいす浄土逗留記」の発売に伴い、作品内容を紹介するため、作者が自分で自分にインタビューする体で書いたものです。)

――今日はよろしくお願いします。

峰守:こちらこそよろしく。

――ではまず、本作のあらすじを教えてください。

峰守:主人公は、都内の大学に通う綿良瀬伊緒(わたらせいお)という女子学生だ。二十歳の誕生日の夜、大学の寮にいたはずの伊緒は、気が付くと山と森に囲まれた寂しい村に立っていた。時代劇か昔話を思わせるようなその里で、伊緒は七郎(しちろう)という若者に出会うんだけど、七郎は、この里は「隠れ里」で、現世で居場所をなくした妖怪や精霊が行き着く先だ、と伊緒に語るんだね。
 困惑した伊緒は、七郎の誘いで「十二座敷」という大きな宿屋で寝泊まりしながら、自分が招かれてしまった理由や元の世界に帰る方法を探す……というような話だよ。

――主な登場人物について教えていただけますか?

峰守:まず主人公の綿良瀬伊緒だけど、さっきも言った通り二十歳の大学生だ。亡くなった祖母の影響で昔話や民話が好きで、大学でもそういう講義をよく取っているんだけど、家族からはそんなことを学んでも仕事や将来に繋がらないぞと言われていたりする。どちらかと言うと気弱で自己主張が苦手なタイプだね。
 そして表紙に描かれているのが、もう一人の主人公とも言うべき七郎だ。隠れ里の住人で、十二座敷という宿屋で暮らしている。伊緒が里で最初に出会った人物でもあり、物腰の柔らかい誠実な性格で、言い換えれば押しが弱くて口下手。何かと伊緒を気遣ってくれる心優しい若者だよ。

うぐいす表紙

――彼は人間ではないんですよね?

峰守:その通り。七郎の本性は巨大な白蛇だ。カバーイラストの背景の空に、大きな蛇の腹がうねっているのが分かるかな? これはつまり、表紙の中心に描かれている人物の正体がどういうものなのかを示しているんだね。深みのある絵をいただけたこと、とても感謝しております。イラストレーターの空梅雨様、本当にありがとうございました。
 あと、今回は帯もすげえ素敵でした。デザインしてくださった方に改めてお礼を申し上げます。

――急に敬語になるんですね。

峰守:人間、本当に敬意や謝意を表したい時には敬語になるものだよ。

――つまり私には敬意も謝意も感じてないと。へー。

峰守:何なのお前。なお、七郎の正体というか素性については、まだ秘密がある。彼はただの白蛇の化け物ではないんだけど、そのあたりは、どうして彼がここに来たのか、彼が伊緒を気に掛けてくれるのはなぜなのか……といった部分と絡んでくるからここでは言えない。実際に読んで確かめてもらえれば嬉しいよ。
 その他、隠れ里の住人や里に訪れてくるものなども何人か出てくるけど、主役格の登場人物は伊緒と七郎の二人と言っていいだろうね。

――今回もまた妖怪ものなんですね。

峰守:うーん。確かに妖怪は出るけど、書き手として言わせてもらうなら、今回は「妖怪もの」と言うより「昔話もの」を指向したつもりだよ。。タイトルの「うぐいす浄土」からして同名の昔話からの引用だし、「隠れ里」という舞台設定もそうだよね。
 その他、メジャーな話からそうでないものまで、色々な話を扱っている。はっきり引用したものもあればそうでないものもあるけど、「なんとなく昔話っぽい雰囲気」というか、ノスタルジックで不思議なムードを再現できればと思って書いたから、それが少しでも伝わればいいなと思っているよ。

――今回はなぜ昔話を、その中でも「隠れ里」を主題にしたんですか?

峰守:うん。現代を舞台にした妖怪ものというジャンルを考えた時、「妖怪的な存在は昔はそれなりにいたけど、今は少なくなってしまった」という設定は結構ありふれたものだと思うんだよね。実際、私も何度か使っている。
 デビュー作の「ほうかご百物語」は妖怪が定期的に一掃されるという世界だったからちょっと違うんだけど、その後に書いた「俺ミーツリトルデビル!」は、妖怪や魔物がほとんどいなくなってしまったからプロの退魔師が希少になった魔物を狩りにくる……という話だったし、「うぐいす浄土」と同じレーベルで出した「六道先生の原稿は順調に遅れています」は、現世に残っている妖怪の数は少なくなっているという設定で、「金沢古妖具屋くらがり堂」は、人間に交じって生きている妖怪もそこそこいるけど、いなくなったやつもいる……という世界観だ。
 そういう風に妖怪たちがこの世界からいなくなったのであれば、じゃあ、彼ら彼女らはどこに行ったんだろう? 何を思ってどこに去ったんだろう? という話を書きたいと、しばらく前から思っていたんだよ。

――同じような話ばっかり書いてやがるんですね。飽きもせずにまあ。

峰守:うるさいよ。

――どこかへ去ってしまう妖怪の話は、今タイトルが出た「金沢古妖具屋くらがり堂」にも描かれていましたね。

峰守:うん。先月出た「金沢古妖具屋くらがり堂 冬来たりなば」の第五話、「狭霧の宿」だよね。
 あれはそもそも泉鏡花の「高野聖」を踏まえることを考えて作ったエピソードで、この「うぐいす浄土」はもっと前に考えたプロットだし、発売が続いたのは完全に偶然なんだ。でも、どこかへ行ってしまう妖怪の話と、そういう妖怪が行き着く世界の話が二か月連続で出るのはちょっと面白いと思うよ。二作が同じ世界観だと明言することはしないけど、一つながりで見てもらっても構わない。同じ作者が書いた話だしね。

――かねてから温めていたテーマだということですね。

峰守:そう言ってもいいかな。それともう一つ、これは妖怪ものには関係ないんだけど、異界蒸発願望というか、どこかへ消えてしまう話が昔から好きだったんだ。というか今でも好きだ。代表例を挙げるなら、ウルトラマンガイア第29話「遠い町・ウクバール」かな?

――代表例にしてはマニアック過ぎませんか。そのジャンルなら他にもっと色々あるでしょう。

峰守:ウクバールは有名だと思うんだけど。「犯罪者」などの小説や「相棒」シリーズの脚本で知られる太田愛先生の傑作だよ。新刊の「彼らは世界にはなればなれに立っている」も買ってるんだけど、まだ読めていないんだよね……。
 とりあえずウクバールは見てもらうとして、なんらかの条件が揃った時だけ行ける不思議な場所や、そこに消えてしまう――連れ込まれてしまう、という展開に対して、僕はずっと恐怖心と憧れを持っていたわけだ。今作は、そういった思いを反映させた作品でもあるんだよ。
 あと、既存の作品からの影響で言うと、「結界師」の前半の妖怪たちの描写とか、ビルの屋上に取り残された古い神社の主の話なども下地になっているかもしれない。これは最近出た愛蔵版で読み返してて、そういやこの話好きだったなーって思い出したエピソードなので、本作のプロットを作る時に念頭にあったわけではないんだけど、そういう風に自分の中にぼんやりと積もっていた色々な感想がベースになった話だなという感触はあるね。タイトルの「逗留記」も、PCゲーム「霞外籠逗留記(かげろうとうりゅうき)」の影響はあるし。

――執筆中の思い出などがあれば教えてください。

峰守:「金沢古妖具屋くらがり堂 冬来たりなば」の執筆時期と被っていたので忙しかった記憶があるなあ。
 それと、これは本文を書き終えた後の話なんだけど、章の後に元ネタになった物語を引用したくてね。なるべく昔話っぽい語り口のものが欲しかったから、古老の語った昔話の聞き取り集なんかを色々読んだんだけど、ちょうどそれっぽいのがなかなかないんだよね。それで困ってたとき、ふと、児童書を見たらどうだって気付いたんだよね。

――子供向けの本ということですか。

峰守:そう。読み物とか絵本とかね。そしたら探している文体のものがしっかり見つかって、いわゆる昔話っぽさというのは、実際の語り手からの聞き書きではなく、戦後に刊行された本で育まれたものなのだなあと気付いたよ。
 あと、執筆中は、昔話っぽい雰囲気を高めるため、毎日寝る前に「蟲師」のDVDを一話ずつ見ていたんだ。

――実写版ですか?

峰守:アニメ版です。

――名作ですね。続章の円盤が馬鹿みたいに高騰しているという。

峰守:中古価格が27万円とかになってるのはマジで蟲の仕業かと思ったよ。前近代的な生活描写も、その中で起こる不可思議な出来事も、現代人の思う「昔話っぽさ」が見事に反映されたアニメだと思うんだよね。原作もいいんだけど、アニメ版は音が良い。草木を踏んで歩く音や、古い屋敷の木戸を明けるときの軋みなどにインスピレーションをもらったよ。
 ……まあ、一部で異様に名高い「ヘボット!」の期間限定連日配信が始まってしまったので、「蟲師」の視聴は止まってしまったんだけど。

――雰囲気が真逆だヘボ。

峰守:気になってたアニメだったので、無料配信の機会に見ておきたくて……。
 正直、クライマックスでは何がどうなっているのか分からなくて、理解が追い付かず置いていかれた感もあるんだけど、「なんだこれ」という感覚は楽しかったよ。特にユーコさんが好きです。てか、ファンブックも読んだんだけど、本編中で開示されてない設定多すぎない?

――私に言われても知らんヘボ。つまり執筆中の思い出はおおむね「ヘボット!」だと。

峰守:そのまとめ方はやめてほしいなあ。
 あとは……そうそう、第四話を結構書き直したんだ。読んでもらうと分かるんだけど、主人公の伊緒が一人で頑張る話なんだよね。だから最初はその部分をメインに書いたんだけど、伊緒が一人で頑張ろうと思って行動を起こすまでの流れと、伊緒が頑張ってる間に時他のキャラクターが何をしていて何を思うのかを見せた方が効果的……いや、効果的というのはちょっと違うかな。そっちの方が物語として綺麗だなと思ったので、物語の展開はそのままに、描写するシーンをごそっと書き直したんだ。
 そこを直したことで、綿良瀬伊緒の話に終始しない、ある種の群像劇としてまとまったかなと思っているよ。作者としてはとても気に入ってる本になったから、楽しんでもらえると嬉しいな。

――では最後に、本作に興味を持っている方へのメッセージをお願いします。

峰守:それを今言ったつもりなんだけど。……えーと、これは、なぜか隠れ里に迷い込んでしまった気弱な女子学生と、そんな主人公を気遣う心優しい白蛇の化身の若者との物語だ。不思議なものが色々出るから、妖怪や民話が好きな人は楽しいと思うよ。でもね、同時に、これはとても普遍的なことについての物語でもあるんだ。自らの居場所の探求――自分探しということについてのね。

―― 「でも同時に、これはとても普遍的なことについての物語でもあるんだ」好きですね。というか自分探しって久しぶりに聞きました。

峰守:古びた感じもあるけど価値のある概念だとは思うんだよね。

――今日はありがとうございました。

峰守:こちらこそ。