「新宿もののけ図書館利用案内」発売直前セルフインタビュー

(※本項は、2019年4月10日に一迅社メゾン文庫より刊行される「新宿もののけ図書館利用案内」の発売に先立ち、本作を紹介するために、作者が自分で自分にインタビューする体で書いたものです)

―― 今日はよろしくお願いします。

峰守:こちらこそよろしく。

―― ではまず、本作のあらすじについて聞かせてください。

峰守:主人公は、末花詞織(すえはなしおり)という図書館司書の女性だ。都内の公共図書館に非正規の司書として勤めていた彼女は、人件費が削られたとかそんな理由で、つまり、本人に非はないにもかかわらず、三月末にいきなり失職してしまったんだ。とても理不尽な話だよね。
 資格を生かせる職場を探す彼女は、「本姫図書館」という聞き慣れない館が司書を募集しているのを見つけて申し込み、面接を受けることになる。ところがこの館がどうもおかしい。所在地は新宿の住宅街の一角で、面接に指定された時間は午後十一時。不審に思いながら言われたとおりに歩いていくと、古いお寺を思わせる巨大な建物がそびえており、「本姫図書館」という看板を掲げていた。そこはなんと深夜営業の妖怪専用の図書館だったんだ! その後色々あって、詞織は人間の身ながらそこで働くことになってしまう……というのが、導入部のあらすじだね。

―― なるほど。では次に、登場人物について聞かせてもらえますか。

峰守:まず主人公の末花詞織は、さっきも言った通り、司書として働き続けてきた女性だ。気が小さくて押しに弱い性格で、たとえば図書館で騒いでいる利用者を注意するのが苦手だったりする。自分に自信が持てていないタイプなんだね。
 ただ、決して駄目な人間ではないということは言っておきたい。自己評価こそ低いけれど、司書としての知識はしっかりしているし、仕事だって普通にできるし、常識がないわけでもない。この作品は、理不尽な理由で自信を失っていた彼女が、自分がちゃんと肯定される職場を見つけることで立ち直っていく過程の話でもあるんだよ。

―― 表紙には詞織の隣に眼鏡の青年の姿がありますが。

峰守:それがもう一人の主人公、牛込山伏町(うしごめやまぶしちょう)カイルだよ。本姫図書館を任されてしまった若き館長代理さ。妖怪専用図書館で働いているくらいだから、彼は当然妖怪だ。妖怪と言っても色々いるじゃないかと思うかもしれないけど、彼の正体については実際に読んで確かめてみてほしい。意外だけれど納得できる正体だな、と思ってもらえればうれしいよ。
 ちなみに「牛込山伏町」という名字は、彼の正体である妖怪が伝承されていた場所を示す古い地名だよ。本作に登場する妖怪たちの苗字は、基本的に旧町名から取っているんだ。

――「館長代理」ということは、他に本来の館長はいる?

峰守:その通り。カイルは元々ただの常連利用者だったんだけど、館の運営が面倒臭くなってしまった本来の館長に施設の管理運営を押し付けられてしまったんだよ。彼もまた詞織と同様、押しに弱い性格なんだ。そして彼はとても真面目で誠実で冷静だ。だからこそ、自分に館を運営するスキルも知識も足りていないことを自覚し、求人を出したわけだよ。しかしいくら真面目と言ってもカイルは妖怪で、しかも若いから、人間を雇うなんてことは初めてだ。

―― 詞織だけでなく、カイルもまた慣れない状況に放り込まれてしまうということですか。

峰守:その通り。初めての部下、しかも人間の女性の扱い方にカイルは戸惑い、そんなカイルを見て詞織もまた戸惑う。この二人の掛け合いが、本作の魅力の一つだね。
 この二人の関係性はとても独特なんだ。カイルと詞織は雇用主と被雇用者の関係ではあるし、妖怪世界のルールや図書館についてもカイルが詳しく詞織は無知だ。でも一方で、カイルは図書館の運営についての知識が何もなくて、本をどう並べれば探しやすいのかも分かっていないし、そもそも図書館の機能についてもちゃんと理解していない。その点、詞織は大学で司書過程を修め、司書としていくつかの図書館で働いてきた女性だから、知識も経験も持っている。
 つまり二人は、上司と部下でありながら、教えられる側と教える側でもあるんだ。プラスマイナスである意味イーブンになるような関係性の二人が、同僚としてパートナーシップを育んでいく……。そんな流れに見えるように書いたつもりだよ。そして、その物語を読むことで、読者は、詞織の目を通じて新宿の妖怪について知ることになるんだけれど、同時に、カイルの視点から、図書館の機能や仕事について知っていくことになるわけさ。
 主人公バディの二人ともが真面目で押しの弱い常識人という組み合わせで書くのは実は初めてで、少し不安もあったんだけれど、とてもいいコンビになってくれたと思っているよ。

―― 主人公の二人のほかにはどんなキャラクターが登場するんでしょうか。

峰守:図書館の利用者やその関係者として登場するのは、新宿に根付いた妖怪達だ。カバーにも何人かが描かれているよね。詞織の知人も出るから全員が妖怪というわけでもないけれど、各エピソードのゲストキャラはほとんどが妖怪だよ。新宿はとてもたくさんの伝承の残る地域だから、ゲスト妖怪も、蜘蛛の化け物や樹木の精霊、狐や狸、化け猫などなど幅広く取りそろえることができた。
 その章のメインのゲスト妖怪については章の最後に出典の文献の引用を入れているけれど、それ以外の妖怪達にもそれぞれモデルにした伝承や記録がある。もし興味を持ってくれるなら、巻末の参考文献などを読んでもらえると楽しいと思うよ。

―― なるほど。では続いて、本作の構想について聞かせてください。なぜ「新宿」で「もののけ」で「図書館」なんでしょう? この三つの要素を選んだ理由はありますか?

峰守:とてもいい質問だ。そうだね、二つ目から答えていいかな。なぜ「もののけ」なのか、つまり、なぜ妖怪なのかということについては、言ってしまえば妖怪ものの依頼があったからなんだけれど、「妖怪もの」と言っても切り口は色々だ。
 たとえば先月発売した「妖怪解析官・神代宇路子の追跡 人魚は嘘を云うものだ」のように、妖怪が存在・現存しない世界を舞台に妖怪について調べたり探ったりする話もあるし、あるいは来月発売の「STAiRs, be STAR! 怪談アイドルはじめます。」のように、霊や妖怪が出典の伝承通りに……つまり、言葉の通じない化物として出てくる話もあるよね。

―― あるよねと言われてもその本来月発売じゃないですか。知らないですけど。

峰守:自分同士なんだからそこは合わせろよ。ともかく、それらに対して、この「新宿もののけ図書館~」では、妖怪が実在しており、人の姿に化けて普通に生活している世界の物語にしたかった。この種の設定の場合、いろんな妖怪が出てきた方が賑やかで楽しいし、そうなると怪談や妖怪のバリエーションが多い土地が舞台のほうが盛り上がる。そういう意味では新宿はとても舞台に向いた土地だということに気付いたんだ。東京のほかの土地同様、伝承されている妖怪の数も種類も多いし、何より、本姫伝説という、とても興味深くて素敵な伝承があったからね。

―― 本姫伝説というのはどういう伝承なんでしょう?

峰守:かいつまんで言うと、「新宿は舟町のとあるお寺に、本が大好きなお姫様のお墓があって、その墓地にはお姫様の蔵書を収めた蔵があった。ここの本は誰でも借りることができたけど、返す時には必ず別の一冊を添えて返さなければならない」という話だよ。いい伝説だと思わないかい? 江戸時代の話なのに、やっていることは近代的な公共図書館に近いというのが驚きじゃないか。実際、この伝説を紹介した大正時代の本にも「ほとんど図書館」と書かれていたしね。
 本姫様の蔵は現存していないのだけれど、この話を聞いた時、「これが実はまだ残っていて、妖怪達だけが知っている図書館として機能していたらどうだろう」という設定を思い付いたんだ。元々、図書館という施設と妖怪は親和性が高いとも思っていたしね。

―― どういうことでしょう。

峰守:公共図書館というのは「資料の収集」「資料の貸出」「資料の保存」の三つの機能を持つ施設だ。つまりそこには古い資料が保管され続けていて、しかもそれは陳列ケースに仕舞われたりせずに、新しい資料と同様に誰でも手にとって使うことができる。
 そして妖怪もまた古い存在であり――新しく生まれている妖怪もいるんだけれど、本作で登場するのは近世以前のものばかりだからね――それらは物語の世界の中で、現代の世界に現れ、現代人と交流することになる。「古いものが当たり前のように残存して今を生きている」という意味では、現代を舞台にした妖怪ものと図書館はとても近い部分があるんだよ。

―― なるほど。だから「もののけ」で「図書館」なんですね。舞台を「新宿」としたのは、本姫伝説があったからだ、と。

峰守:それも大きいんだけれど、それだけじゃないよ。まず、新宿というのはいろいろな顔がある街だ。大都会であり、副都心であり、歓楽街があり、寄席があり、公園もあれば住宅街もあり、歴史のある寺社仏閣も多い……。章ごとに切り口を変えることで、様々な場所を舞台にできるし、様々な住人を登場させることができるんだよ。
 そして何より新宿は知名度が高い! 実在の土地を舞台にする場合、そこを知らない人にも「ああ、あそこか」と思ってもらいたいと僕は思うんだけれど、この点新宿は強いんだ。東京から遠い地方の住民でも、新宿は大体の人が知っているんじゃないかな。何しろフィクションに何度も何度も出てきている場所だからね。たとえば君は、新宿という地名を聞いてまず何を連想する?

――「ゴジラVSキングギドラ」のクライマックス、メカキングギドラがゴジラと対決するシーンですね

峰守:あれはいいシーンだよね。90年代の小学生はみんなあのビジュアルで都庁の形を覚えたものさ。

―― それはいくら何でも主語が大きくありませんか。

峰守:すみません。でもゴジラシリーズは新宿と切っても切れない関係があるシリーズだよね。新宿が舞台になる近年の作品だと、個人的には「コンクリート・レボルティオ 超人幻想」が印象深いな。

―― ああ、「デビラとデビロ」ですね。

峰守:そこは「新宿擾乱」では?

―― いや「デビラとデビロ」です。

**「鉄骨のひと」でしょうよ。

峰守:誰だ今の!? ……ともかく、新宿というのは、ある種の戦後の象徴のような街だと僕は思うんだ。ビルも高いしね。高層ビル街の大半は既に前世紀のものなんだけど、それでもそこには京都や鎌倉のような古都とは明らかに違う戦後の……つまり現代の空気がある。そこに妖怪という前近代的な存在を同居させることによって独特なアトモスフィアが生まれる……。それを描いてみたかったのさ。
 あと、新宿と妖怪を結び付けたきっかけとして、「ゲゲゲの鬼太郎」のアニメ第3期のオープニングのイメージがあるのかもしれないね。新宿西口のビル街を思わせる風景に浮かぶ異様に巨大で青白い月。その月の中からまっすぐ飛んでくる一反木綿。その背にはシルエットになった少年が乗っていて、一反木綿が画面いっぱいになって暗転する……! あのカットはとても鮮烈だったからね。

―― 最後に、本作に興味を持っている方へのメッセージをお願いします。

峰守:これは、妖怪専用図書館で働くことになってしまった司書とやや頼りない妖怪の青年の奮闘を描いたお仕事小説だ。でも同時に、これはとても普遍的なことについての物語でもあるんだ。成長と相互理解ということについてのね。
 四月から始まる物語を、劇中の時期と同じく年度初めに出せるのはとてもありがたいことだ。新宿に伝わる妖怪の幅広さを詞織と一緒に、そして、図書館という施設の可能性と魅力をカイルと一緒に知りながら、二人の成長を見届け、そして楽しんでほしい。

―― 今日はありがとうございました。