百合拾遺物語

最近見聞きした話だが、ある少女がガールズラブフェスティバルへ行こうと横浜大桟橋ホール目指して上京した。一人で行くのは寂しいがまわりに百合好きな友達もみつからず空しい気持ちであることだと思いながらの出立だった。いよいよ目当ての地に到着し、駅を出てホールへ向かうと、港まわりのウッドデッキ上を三十代前後の女性が先に急いで歩いていた。腰の中ほどをリボンベルトであしらったワンピースだが、足元はヒールの低い靴とA4サイズ対応の大きなバッグを肩から提げているので、同じ目的の人だなと思いあの人も百合好きなのかしら、綺麗な人が百合を好きだと本当に嬉しいなと思いながらしのぶようにして後ろをついていった。
女性が芝生の傍を通りがかった時にスタバのカップが風に吹かれて転がって彼女のつま先に当たり弾かれてしまった。そのカップの蓋が弾みで外れると中から小さな蛇が出てきて、女性のあとをついていった。
不思議であり不気味に思い、少女は、同じようにガルフェスに急ぐ人たちの足取りや様子を見渡してみたが蛇に気付いている人はいないようだった。
当の女性もまったく蛇に気付く様子もなくホールまわりの列へ並んだ。
列から離れたところに蛇は潜んだが、少女にはどうもやはり蛇が女性だけをどこかで見ているような気がしてならない。
気が気でないので少女は蛇の心づもりを見定めようと、入場してからもサークル巡りの目的も失念してただただ女性を物陰からそっとついてまわった。
いよいよ女性は満ち足りた笑顔で獲物を収穫し終えたらしく、午後十四時をまわった頃には会場を抜け出て駅へと戻ろうとする。声をかけるか否か少女が迷っていると、彼女は駅まわりの珈琲ショップに入っていった。そのあたりの道端で少女はやはり蛇の姿を見かけたので、矢も盾もたまらず店へ飛び込み女性に声をかけた。
しかしどう説明したものかわからず、とっさに嘘をついてしまった。
突然恐れ入ります、自分は百合好きだが、今日の会場であなたを一目見たときから衝撃を受けてしまった。

あなたも百合が好きならどうかお友達になってほしい――

そのようなことを思い切って告げた。女性は注文したベーグルを食べようとしていたところでそれを手にしたまま動作をとめてまじまじと少女を見た。そして少女はいかに自分が恥ずかしい嘘をついてしまったかを思い知った。こんな嘘を他人に対してついたことは今までにないことであり、その恥ずかしさに打ちひしがれた。しかしもはや後には引けない。頬も耳も赤く染まったが返事を待った。
やがて同じように頬を染めて、女性は少女に向かいの席に座るように促した。
好きなジャンルや推しのカプ、好きな百合のシチュエーションなどを少女に語らせると、女性は少女の言っていることをようやく信頼して喜びをあらわにした。少女の語りにもその都度頷いてラインを交換しましょうと言った。まんざらではない女性の様子に少女はすっかり時間も目的も失いかけたが、蛇のことを思い出してたちまち心は暗くなる。
こんなことを初めて会う人に言っていいものかわからないが、どうしようもない。少女は明日が休日であることと、自分は遠方からきたが帰宅する気力がなくなってしまって困っているというそぶりを見せた。
女性は当惑したようだったが、少女の演技がかった表情に少しの不審を覚えながらも、よければ自分の家で疲れを癒していけばいいと持ちかけた。
初対面の年上の女性の家に泊まるということになり、少女は驚きつつも彼女の懐の深さに感銘を受けた。
女性の自宅は渋谷にあり、そこに二人で移動する間も蛇は静かに改札を抜けて駅へ入り電車内にもついてきた。人々の足元の隙間をうまく抜けて座席の影に隠れていたが誰も気付いていないようで、少女は大人の女性と一緒にいてその人の自宅に向かうことへの恥ずかしさや嬉しさの一方で不気味な蛇のことがいよいよ気がかりだった。
招かれた部屋の様子から、その女性はOLで百合のマンガも本も好むがきちんと片付けて家事も出来る人らしいということが伝わってきた。
いよいよ少女は女性に興味をもちはじめてしまったが、そのようなことも言えず、そして足で払おうといくら思ったか知れない蛇はやはり室内に入ってきてしまい、少女のために食事の用意をする女性のそばで静かにとぐろを巻いて休んでいた。
あまりに蛇が静かなので少女は不思議に思いながらも、女性との百合の語りがあまりに楽しく、また彼女の出してくれる食事があまりにおいしかったのですっかり忘れてうとうとしはじめてしまった。女性は仕方ないことだと思いながらも疲れた少女をベッドに運んだが、そのときに魔がさしてしまい、そっと手を出した。
少女がはっと気付いた時にはベッドの上で、窓の向こうは暗かった。
少女は自分の上に女性が跨っているのを見た。少女は戸惑ったが、女性もまた驚き戦いていた。そして、とっさに謝罪を述べて、こんなことは平生他人にしないこと、けれどもあなたといるうちに本当に楽しくて嬉しくて、あなたがかわいらしいことに気付いてしまってこうしていたと涙ながらに訴えた。
怖がらせてごめんなさい。嫌なら私は近くのビジネスホテルへ行くからあなたはここで休んでいて。
そう話す彼女だったが、少女は声で引き止めた。その名を呼んだ。
一晩語り合ううちに本名すら明かしあった私たちになんの隔てがあるのでしょう。私も一目見たときから、あなたを…いいえ、もう言葉はよしましょう。そう言うと少女は彼女から借りた少し大きなパジャマの襟元に指をかけてボタンを外していった。

(中略)

朝、目が覚めると二人は互いの顔を見合わせて照れたように微笑んだ。
そして、女は不思議なことを語り始めた。
夢のうちに下半身が蛇の美しい女性があらわれてこう語ったという。
「私はかつて百合や同性同士の恋情というものを信じず幼馴染の告白を受けたときすら『思春期の一過性の現象』と言って袖にしてしまった愚かな女です。百合の仏によってスタバのカップの中に閉じ込められてしまい、もしおまえが一過性でないと考えを改めるならそのときは元に戻そうといわれていました。けれども私にはどうしてもあのけなげで気立てのいい幼馴染が私のものになるよりは、きちんと男性と結婚して健全な生活を送るほうが幸せに相違ないとかたくなに彼女の愛を信じることができずにいました。私の信念をかえることは私のうちの本心をも認めることであり、それは私にとっては罪悪でもあったのです。けれども風に吹かれているうちにあなたの前にまろび出てあなたが私を外へと出してくれました。そしてあなたについていった先であんなにたくさんの百合が創作されている場所を知り、そうしてあなたを心配するようについてくるその女の子があなたを気にかけていることがよく伝わってきました。私はもはや私の身分も忘れてあなたを追い、少女がそれでも追いかけてくるのを確かめました。与えられた罰の意味を知り、今宵のあなた方のしたことのおかげで私はひとつの悟りをまっとうしました。私の罪をほろぼすことができたのは私のうちの迷いを打ち消したあなた方のおかげです。これから私は私の過ちを認め、晴れて百合の仏に許しを請い、人へと戻ったあかつきにはきっとあの子への気持ちを果たそうと思います。往生できたことへのお礼として、あなた方への祝福のしるしにこの土地では同性間でも婚姻に近い権利を認められる制度が促進されるように致します」
不思議な話だが、少女はじっとその話を聞いていた。そして、もう蛇の姿が見えないのでその話がきっとまことであること、本当に気がかりだった昨日の必死な気持ちを改めて打ち明けた。すると女性は彼女の心に改めて胸打たれてしまい、もう一度強く抱きしめ

(中略)

二人の交際はこうした不思議な縁から始まったが、こののち、二人に縁のある土地では同性間のパートナーシップが認められるようになったという。この祝福を受けたことからもきっと蛇の罪状は晴れたのであろう。
そして、今でもその土地で二人は静かに楽しく暮らしているという。

※この話は宇治拾遺物語五十七話を基にしていますが基の話の要素は大半あとかたもありません
※ガルフェス開催時期とパートナーシップ制度の施行時期は実情の時系列と関連のないフィクションです 

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玉置こさめ

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読むためには少し気合が必要。創作した百合小説のサンプルページです。短い話はまるまるおさめていることもあります。百合とは関係ナシに取材したりイベントしたりしたことの前後につづっている備忘録もこちらにおさめていることがあります。
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