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ライナル・サルネ『ノベンバー』現実と魔界が交錯するアニミズム的幻想世界

昨年のアカデミー外国語映画賞エストニア代表に選出された摩訶不思議なダークファンタジー。本国では有名な小説の映画化であるが、この内容で20年来のベストセラーとは国民の芸術偏差値の高さが伺える。ただ、どんな小説なのか気になるくらい文字化不可能な話なので、サルネの創作部分がどれくらいあるのかはよく分からない。幻想映画と東欧映画が大好きな私にとってはこの時点でホームランは確約されてるようなもの、あとは何点入るかなのだ。

舞台は19世紀エストニアの寒村。まず冒頭から最高にイカれてる。クラットという使い魔のような存在が牛を誘拐して別の家に届けると、主人が別の仕事を与え、それが原因で使い魔はバグって爆発する。最高かよ。ここに暮らす村人は基本的に欲望に忠実であり、厳しくなる冬を見据えた11月になって越冬のためならなんでもする。死者にすら物乞いし、すぐに魂を売り、互いに盗み合い、地主であるドイツ人伯爵や精霊や悪魔からも盗み取る。そこにエストニア的アニミズム信仰として狼男や死者が平然と画面に紛れ込み、現世と魔界交錯する。白昼夢のような世界観である。

物語の主軸はそんな幻想世界で村の青年ハンスに恋をする孤独な少女リーナにある。ハンスはリーナの目線に気付いてはいるが、引っ越してきた地主であるドイツ人伯爵の娘に一目惚れしてしまう。彼女に嫉妬したリーナは魔女の力を借りて娘を殺そうとするが思いとどまる。やがて村に冬が訪れる。ハンスは雪だるまをクラットにして伯爵の娘を口説こうとふたりで策を練る。リーナは伯爵家から盗んだドレスを着てハンスを騙すが、雪だるまが溶けたことで悪魔との契約が終了してハンスは死ぬ。同時に娘も亡くなっており、彼女の棺を納めた白い馬車と死んだハンスが乗る黒い馬車が出会うシーンが印象深い。

サルネの撮る"白色"が非常に柔和であり、全てを包み込むような温かさと突き放すような冷たさが共生しているように思える。白が映えれば映えるほど黒の色を際立たせ始め、飲み込まれるような闇や穢れを一層強調する。モノクロであるがこその圧倒的映像美に感服してしまった。特にラストでリーナが入水自殺を図るシーンや雪だるまの語る指輪のシーンなんかは最高に黒或いは白が映えていて印象深い。

結局私は何を見たのだろうか。未だに心の整理がつかないが、大傑作であることに変わりはない。でも途中のうんこ食わせるシーンはテンポを悪くするからいらないと思う。

主演のレア・レストがエリザベス・モスにめっちゃ似てた。これからはエストニアのエリザベス・モスって呼ぼう。

追記 2022.10.11
古いエストニア映画を色々観ていくと、エストニア映画の優れた点の一つに"陰影を強調したモノクロ撮影"があると分かる。カラーで撮られた作品ですら白と他の色との対比が意識されている作品が美しく見える。特にレイダ・ライウス『Werewolf』なんかは本作品の原典とも言えるような、陰影を強調した森のモノクロ映像がある。サルネはエストニア映画史を研究した上で、本作品の撮影をモノクロに決めたんだろうことが良く分かる。

・作品データ

原題:November
上映時間:115分
監督:Rainer Sarnet
公開:2017年2月3日(エストニア)

・評価:100点

・エストニア映画TOP10 その他の作品

1 . Arvo Kruusement『Spring』エストニア、真実を語りたがる悪党はいない (1969)
2 . Kaljo Kiisk『Madness』エストニア、精神病院にいる英国のスパイは誰だ? (1969)
3 . Peeter Simm『The Ideal Landscape』エストニア、種蒔きが…終わりません!! (1981)
4 . Grigori Kromanov『The Last Relic』ロビン・フッド、エストニアの大地を駆ける (1969)
5 . Sulev Keedus『Georgica』エストニア、見捨てられた孤島で二人… (1998)
6 . Kaljo Kiisk『The Adventurer / Happy-Go-Lucky』エストニア、世界の支配者ニペルナーディ (1983)
7 . Grigori Kromanov『Dead Mountaineer's Hotel』密室ホテル殺人事件、光と闇のSFノワール (1979)
8 . Leida Laius & Arvo Iho『Games For Schoolchildren』エストニア、孤児院に生きる少年少女たち (1985)
9 . Grigori Kromanov & Jüri Müür『The Misadventures of the New Satan』悪魔よ、人間が救済するに足る存在と証明せよ (1964)
10 . Olav Neuland『Nest of Winds』エストニア、世界に翻弄される農夫の絶望 (1979)

♪ その他のエストニア映画 ♪ (公開年順)
Leida Laius『The Milkman of Mäeküla』エストニア、欲に目が眩んだ男たちの末路 (1965)
Kaljo Kiisk『The Midday Ferry』ある日、燃え上がるフェリーにて (1967)
Veljo Käsper『Postmark from Vienna』エストニア、切手を巡る"真実"ゲーム (1968)
Leida Laius『Werewolf』エストニア、陽光の煌めきと幻惑の森 (1968)
Virve Aruoja & Jaan Tooming『Colorful Dreams』エストニア、カティのワンダーランドを垣間見る (1975)
Helle Karis-Murdmaa『Bumpy』エストニアの"ヘンゼルとグレーテル"は平和を訴える (1981)
Peeter Simm『Arabella, the Pirate's Daughter』海賊の娘、善悪を知る (1982)

ライナル・サルネ『Where Souls Go』エストニア、悪魔へのお願いを取り消したいんですが
ライナル・サルネ『The Idiot』全時代へ一般化されたエストニアの"白痴"
ライナル・サルネ『ノベンバー』現実と魔界が交錯するアニミズム的幻想世界
ヴェイコ・オウンプー『Autumn Ball』エストニア、タリンの孤独な人たち

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