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ガイ・マディン『The Green Fog』再構築した"めまい"から見る、映画史の"意識の流れ"

信じられないほどのド傑作。きっかけは前作『The Forbidden Room』の撮影中、『めまい』をヒッチコック版なしで再構築するという企画を思いついたことらしい。サンフランシスコを舞台にした映画の断片を繋ぎ合わせ、緑の霧に覆われたサンフランシスコを再構築する冒頭からマディン的世界観に誘う。しかし、それが続くわけではなく、キーアイテムを中心に様々な映画の断片を連想ゲーム的に組み合わせて巨大なモンタージュを構築していくのだ。例えば、『めまい』の冒頭の犯人を追うジミーが友人を失うシーンの代わりに、梯子と屋上という場所を中心に追いかけっこの断片を既存の映画から紡ぎ続け、追い詰められた男がビルの下を見て竦むというシーンでシーケンスを区切る。これだけ観たら、Youtubeにでも転がっている"好きなシーンまとめ"みたいなのとそう代わりが無いんだが、マディンはそんな次元には留まらない。

彼は余計なナレーションや字幕を付け加えたりせず、フッテージからも意図的に会話を切り取っている。そして、本来会話が会ったであろう場所をジャンプカットで繋ぐか、連想される別の映画の断片をクロスカットで挿入し、観客の想像を掻き立てる。会話の内容がなんであったか、次に何のシーンが来るのか。『めまい』を知っていても、続きを知りたくなる喜びと驚きに満ちている。これが最もプリミティブなモンタージュ理論の結晶であり、さながら映画史が意識を持ち、それが"意識の流れ"のように連想を紡いでゆくようにすら見えるのだ。これはヤバイ。あまりにも天才的過ぎる。ゴダールやクレショフも目をひん剥くくらいイカれている。

時たま、忘れないでーという感じで遊びも挿入する。例えば、墓場で青年が缶の中身を捨てると緑の霧が少し出てきたり、監視カメラの映像をMVにすり替えたりしている。しかし、物語は『めまい』の話を忠実に追っていて、特にキム・ノヴァクが飛び降りて死んだと勘違いするシーンの出来は異常に良い。使われる断片はモノクロもあればカラーもあって年代もバラバラなので、そこにあり続ける普遍的なものを"意識の流れ"を誘発するキーアイテムとして使用している。橋、車、道路、絵画、建物、ベッド、キス、浜辺。そして、中心にはサンフランシスコがあり、緑の霧があって、映画があるのだ。こんな美しい映画讃歌が今まであっただろうか。

一番好きなモンタージュは『SF/ボディ・スナッチャー』の有名なこちらを指差すサザーランドのシーンで、口にカメラが近付くとトンネルに変わるとこ。でも、使った映画のタイトルをそれぞれの映画から引っ張ってくるラストも捨て難い。天才。

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・作品データ

原題:The Green Fog
上映時間:63分
監督:Guy Maddin
公開:2017年製作(アメリカ)

・評価:90点

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