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Ivana Mladenović『Ivana the Terrible』セルビアとルーマニアの架け橋に…なれって?

帝政ロシアの有名なイワン雷帝(Ivan the Terrible)を文字った英題、つまりイヴァナ雷帝というのが本作品の肝であり、それが監督兼主演のIvana Mladenovićなのだ。セルビアのドナウ河畔にあるルーマニアの国境の町クラドヴォに生まれ、今はブカレストで暮らしながら女優として活動するイヴァナ本人が、2017年に帰郷した際に起こった出来事を基に、実際の両親や友人を本人役として配役した"ドキュフィクション"である。

古いフィルム映像のようなオープニングクレジットに軽快な音楽が重なり、題名からは想像のしない不思議な世界が始まることを予感させる。しかし、そんな期待もすぐに裏切られ、電車で帰郷するイヴァナが同じ車両のうるさいおばちゃんに絡んで逆襲にあったり、前の座席に座っている家族連れに声を掛けたりする合間、息継ぎをするように窓を開けている姿が印象的だ。つまり開始5秒の、まだ帰宅すらしていない段階から既に息苦しさを感じて崩壊が進んでいるのだ。

駅に迎えに来た両親になぜか八つ当たりし、出ていった部屋を祖母に取られたことで八つ当たりし、息苦しいから病院行く!と誰彼構わずキレまくる。正にザ・テリブルという二つ名そのものだ。そんなイヴァナに両親は呆れ顔で対応し、祖母は"あんたは何にも満足せんよ"と核心を突く発言をする。勿論イヴァナには届かない。そして、念願叶って病院へ行くが"あなたも結婚して子供でも産めばもっと良くなるわ"と言われてキレ具合は病状とともに悪化する一方だ。

そんな中、町おこしイベントとしてお隣にあるルーマニアをがっつり見据えた"国境の橋イベント"に、その両国の架け橋として出席することになった。地元の役人は"ブカレスト行きを手助けしたじゃーん"と気味悪いくらいニヤけて擦り寄ってくるが、実際は若い女がブカレスト行くという案件を適当に扱われただけであり、イヴァナは別方向の怒りまで心に宿すことになる。面白いのは出演が決定するこんな会話、
"いやー、私そこまで注目を集めるタイプじゃないんだけど"
とイヴァナが謙遜すると、隣りにいた母親がすかさず
"お前女優やろ、なに今更シャイ気取ってんねん"
と返すのだ。イヴァナも流石に返せない。こういう鋭さは作中に結構な頻度で登場する。

物語は終始、ルーマニアにもセルビアにも居場所のないイヴァナを、ゆらゆらと揺れる手持ちカメラで記録していく。イヴァナの感情には全く寄り添わず、あくまでも中立を保った目線でイヴァナの神経衰弱を負っていくのだ。字面だけ見れば冷徹なのかもしれないが、実際は温かみに溢れていて、一歩引いた視線だからこそ彼女に対する愛着が普遍化し、ひとつ上のランクに到達したのだ。

イヴァナはお祭りの余興にと元彼アンドレイがやってるアヴァンギャルド・バンドを呼ぶが、彼が連れてきた若い今カノのアンカはイヴァナよりも暴れん坊であり、酔っ払ったまま会議に参加して同席した役人の女性にセクハラ三昧で、挙句の果てにはショーに登場せず、イヴァナとアンドレイは困り果てる。そして、アンカの不在は微妙な関係にあるイヴァナとアンドレイを二人にすることと同義であり、二人は久方ぶりに意見をぶつけ合うことで成長しない期間を振り返ろうとする。

イヴァナには21歳になるニコラという今の彼氏もいるんだが、あまりにも若いせいか周りにも言っておらず、逢瀬の現場も彼の祖母の家を無理に使っていた。だが、そんなしょうもない嘘はすぐにバレてしまい、イヴァナはニコラを傷付けないようにと"同年代の女の子と会ってても気にしない"などと言ってしまって喧嘩になってしまう。具体的にその後どうなったかは示されないものの、常に攻撃的なイヴァナのナイーブな面が全面に現れる珍しい瞬間であるので、映画として彼女のありのままに触れるための非常に重要なシーンの一つとなっている。

全てが終わった翌朝。イライラの頂点に達していたイヴァナはいつも通り家族に当たり散らし、名誉市民受賞式典で賞を受け取るとさっさとその場を後にする。残された式典のメンバーはルーマニアとユーゴスラビアの歴史(チトーとチャウシェスクの会談、ルーマニアの詩人Nichita Stanescuについて)を語り、両国の良好な関係性をアピールする。イヴァナは結局どちらにも属することは出来ず、耐えかねた家族からは"ここにゃお前に見合う医者は居ない"と言われて出ていくように促される始末。ユーゴから去らざるを得なかった人々の放浪の物語は、永遠に続いていくのだろう。

追記
ボスニア映画Take Me Somewhere Niceも思春期の居場所の無さを在オランダ・ボスニア人のアイデンティティの放浪に重ね合わせた大傑作だった。今後のユーゴ圏はアツい映画を生産しそうだ。

・作品データ

原題:Ivana cea Groaznica
上映時間:86分
監督:Ivana Mladenović
公開:2019年8月13日(ロカルノ映画祭)

・評価:90点

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