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Grigori Kromanov『The Last Relic』ロビン・フッド、エストニアの大地を駆ける

エストニア初の、そして唯一のカルト映画と呼ばれる伝説の映画。Eduard Bornhöheの大ヒット小説『Vürst Gabriel ehk Pirita kloostri viimsed päevad (ガブリエル侯、或いはピリタ修道院の最期)』の映画化作品であり、ソ連当局もヒットすることが分かっていたのか、当時の予算(35万ルーブル)の倍以上にあたる75万ルーブルの予算を出した。潤沢な資金による優雅な世界は話題を呼び、公開初年度にエストニアだけで当時のエストニアの人口130万人の半数以上に相当する77万枚のチケットが売れたらしい。また、ソ連全体では一年間で4400万枚売れたようだ。ちなみに、ソ連製作の伝説の映画ウラジミール・モトゥイリ砂漠の白い太陽は5000万人動員だった。

物語はリヴォニア戦争期、各地で農民が反乱を起こしていた時代のエストニア。スウェーデンの聖ブリギッタの聖遺骨を収めた小箱(=原題の"最後の遺物")を死に際の父親から授かる若い貴族ハンス。"お前の前に聖ブリギッタが現れたら、その小箱を修道院に納めろ"という遺言に従って、ハンスは修道院長の姪アグネスを見初め、彼女を聖ブリギッタの再来だとして聖遺物と彼女との交換を要求する。

結婚式へ行く途中、馬の列から抜け出したアグネスを追って森に入ったハンスは、何してるかよく分からないが取り敢えずイケメンな男ガブリエルに出会う。彼に喧嘩を売りまくるハンスに対して余裕綽々なガブリエルを遠くから観ていたアグネスは一瞬で心を奪われる。だが、ガブリエルは反乱農民軍の一員だった…ん?…ロビン・フッド…?

その夜、結婚式で指輪を交わす寸前に、農民が大挙して押し寄せ、ハンスとアグネスは離れ離れになってしまう。修道院長が聖遺物を守れとハンスを連れて行ったからだ。一人逃げ惑うアグネスを助けに来たのは…勿論ガブリエル!もう完全にロビン・フッドじゃねえか!この襲撃のシーンは正直ナメてた過去の自分を殴りたくなるくらい迫力があった。デカイ屋敷が完全に燃え、木製の門をメリメリと突き破り、お手製の大砲によってあちこちで爆発が起こる。

取り敢えず聖遺物を守ったハンスであるが、アグネスはどっかに行ってしまったので、修道院に聖遺物を渡そうとしない。こうして、アグネスを妻にしようとするハンス(お家に引きこもってほぼ出てこない)のために、彼の後を取り敢えず追ってガブリエルと共にタリンに向かいつつ彼に惚れるアグネス、聖遺物を取り戻そうと目下アグネスを探す修道院サイドという戦いが勃発する。

音楽が状況を説明しつつシーンを繋ぐのは、どこかグラウベル・ローシャの『黒い神と白い悪魔』を思い出した。同作ほど強烈でもないが、フォークロアっぽいリズムと歌詞なので、中々の心地よさがある。また、描いている時代は全然違うんだけど、衣装とか森とかセットの感じ、或いはやたら雑魚い貴族とかの人物造形も含めて、全体的にマイケル・カーティスの『ロビンフッドの冒険』に凄い似ている。そう考え始めてから、只管イケメンが過ぎるガブリエルがなんとなくエロール・フリンに見え始める。嘘。どっちかと言えばラッセル・クロウ。目とかヒゲとか笑顔とか。

タリンへの道すがら、互いに惹かれ合うアグネスとガブリエル。宿屋のエピソードが可愛らしいのなんの。農民が宿に攻めてきて、ガブリエルがやられそうになるのをギリギリ食い止めるが、相手が多すぎて…ハッ!夢か!という。萌え死ぬかと思った。やがて、ガブリエルの義弟イヴォと出くわし、彼を農民軍に引き入れようとするが、彼は先に修道院サイドに付いており、ガブリエルは隙を付かれて刺されてしまう。そうとも知らないアグネスはイヴォに連れられてタリンへ向かう。

しかし、今度はイヴォが修道院側を裏切ってアグネスと結婚しようというのだ。それを知った修道院は対応に苦慮する。同じ頃、偶然ガブリエルが襲われたことを知ったアグネスはイヴォのキャンプをそっと逃げ出し、修道院に帰ってきた。修道院長とアグネスは互いに意思を曲げなかったが、ハンスが邪魔すぎることにようやく気付いた修道院サイドは、イヴォにハンスをさっくり暗殺して聖遺物をせしめる。そして、イヴォを地下牢にぶち込んで、アグネスを出家させようとする。怒涛の展開が過ぎるだろ。

展開が色々雑だったり丁寧だったりするのは、エストニア人なら物語を知っているからダイジェスト的でも大丈夫だと思ったのか、そもそも原作がこんな適当な感じだったのか(正直民間伝承とかって全部適当&ご都合主義的だよね)はよく分からない。ただ、徹底的にキリスト教をセコく描くのは全世界共通のようだ。

最後は勿論、大団円。修道院に集まったガブリエルと仲間のシーム、イヴォ、アグネスと修道院サイドが大乱闘を繰り広げるラストは中々面白い。聖遺物を破壊すること=キリスト教(=旧支配者)からの解放を意味しているのかもしれないが、無宗教な私にはあんまり共感はできない。ちなみに、どうでもいい話を加えておくと、ラストシーンの撮影中にアグネスのドレスに火が付いて大変だったらしい。

というわけで、エストニアの伝説の映画は完全にロビン・フッドだったというご報告でした。アグネスを演じたIgrida Andrinaが凄く可愛かった。決して出来がよろしいわけではないんだが、妙に心に残りそうな作品ではある。

・作品データ

原題:Viimne reliikvia
上映時間:86分
監督:Grigori Kromanov
公開:1970年3月23日(エストニア)

・評価:80点

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1 . Arvo Kruusement『Spring』エストニア、真実を語りたがる悪党はいない (1969)
2 . Kaljo Kiisk『Madness』エストニア、精神病院にいる英国のスパイは誰だ? (1969)
3 . Peeter Simm『The Ideal Landscape』エストニア、種蒔きが…終わりません!! (1981)
4 . Grigori Kromanov『The Last Relic』ロビン・フッド、エストニアの大地を駆ける (1969)
5 . Sulev Keedus『Georgica』エストニア、見捨てられた孤島で二人… (1998)
6 . Kaljo Kiisk『The Adventurer / Happy-Go-Lucky』エストニア、世界の支配者ニペルナーディ (1983)
7 . Grigori Kromanov『Dead Mountaineer's Hotel』密室ホテル殺人事件、光と闇のSFノワール (1979)
8 . Leida Laius & Arvo Iho『Games For Schoolchildren』エストニア、孤児院に生きる少年少女たち (1985)
9 . Grigori Kromanov & Jüri Müür『The Misadventures of the New Satan』悪魔よ、人間が救済するに足る存在と証明せよ (1964)
10 . Olav Neuland『Nest of Winds』エストニア、世界に翻弄される農夫の絶望 (1979)

♪ その他のエストニア映画 ♪ (公開年順)
Leida Laius『The Milkman of Mäeküla』エストニア、欲に目が眩んだ男たちの末路 (1965)
Kaljo Kiisk『The Midday Ferry』ある日、燃え上がるフェリーにて (1967)
Veljo Käsper『Postmark from Vienna』エストニア、切手を巡る"真実"ゲーム (1968)
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Helle Karis-Murdmaa『Bumpy』エストニアの"ヘンゼルとグレーテル"は平和を訴える (1981)
Peeter Simm『Arabella, the Pirate's Daughter』海賊の娘、善悪を知る (1982)

ライナル・サルネ『Where Souls Go』エストニア、悪魔へのお願いを取り消したいんですが
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ヴェイコ・オウンプー『Autumn Ball』エストニア、タリンの孤独な人たち

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