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ハンガリー映画史⑨ 社会批判と詩的リアリズムの時代(1953~1956)

ハンガリー映画といえばネメシュ・ラースロー『サンセット』が公開され、エニェディ・イルディコ『私の20世紀』やタル・ベーラ『サタンタンゴ』がリバイバル上映される今年は正にハンガリー映画イヤーと言えるかもしれない。

今回はナジ・イムレ政権発足からハンガリー動乱までの短い間に現れた新世代たちを中心にご紹介。"ブダペスト12"にも選出された映画史に残る傑作『Merry Go Round』と『Professor Hannibal』もこの時代に登場!

・弾圧の緩和

1953年にナジ・イムレ率いる政府が誕生すると、文化への弾圧が少し和らぐ。これによってハンガリー映画は、その題材に関しても、その様式に関しても、復活期に突入する。この後何十年にも渡って映画芸術に多大なる影響を与えた以下のような映画監督たちが、若手としてデビューを飾ったのもこの頃である。
・ファーブリ・ゾルタン(Fábri Zoltán)
・Révész György
・Fehér Imre
・マック・カーロイ(Makk Károly)
・Banovich Tamás
彼らは人々の私生活や生きることの正直な喜びについての映画を何本も製作し、この手の闘争や混乱を乗り越えることができると信じていたようでもあった。

・ファーブリ・ゾルタンの無双

この世代で最初に傑出した映画を撮ったのはファーブリ・ゾルタンであった。彼の長編二作目『Életjel (Fourteen Lives)』(1955)は明らかにこれまでの"骨組みだけ"な映画とは一線を画していた。本当にそこで生きているかのような作品で、人物は各々の真理に従って行動し、モンタージュや光の使い方に驚異的な効果をもたせているのだ。

次のKörhinta (Merry-Go-Round)(1955)は国営ハンガリー映画業界で初めて国際的な成功を収めた作品となった。1956年の第9回カンヌ国際映画祭にも出品され、受賞は逃すものの観客や批評家からは激賞された。映画は戦後の政治的社会的変化を乗り越えたハンガリーの村で、若い主人公たちが"土地は土地と結婚しなければならない"という古い因習とバトルしていく話である。複数のプロットが走る構造と小気味のいいテンポ、記憶に残るシーンの数々。特にメリーゴーラウンドとダンスのシーンは最早伝説となっている。今日でも歴史的な傑作とみなされており"ブダペスト12"にも選出されている。

また、続くHannibál tanár úr (Professor Hannibal)(1956)は社会批判を風刺的に含んだ初期の作品である。同作も"ブダペスト12"に選出されている。

・同時代の監督たち

この頃のハンガリー映画は徐々にその表現するべきものを見出し始めた。マック・カーロイの長編二作目『Liliomfi』(1954)は詩的なユーモアを多く含んだ"ビーダーマイヤー"コメディと言えるだろう。そして、マックの次の作品『Kilences kórterem (Ward No. 9)』(1955)は同時代の社会問題を厳しく批判した初の映画となった。

Várkonyi Zoltánの『Simon Menyhért születése (The Birth of Menyhért Simon)』(1954)は詩とリアリズムを見事に組み合わせ、心理的な事実を描いた古典的な例とみなされている。

・詩的リアリズムの流行

50年代も終わりに近づくと、その詩的なスタイルは流行となっていった。主にMáriássy Félixが製作していた。彼の
・『Budapesti tavasz (Springtime in Budapest)』(1955)
・『Egy pikoló világos (A Glass of Beer)』(1955)
・『Külvárosi legenda (Suburban Legend)』(1957)
といった作品は、複数のプロットが走り、30年代・戦時中・50年代ブダペストの集合住宅での生活を描いた作品である。ネオリアリズモ的な人物造形を用いて、彼らのミクロな世界を覗いているのである。特に『Budapesti tavasz (Springtime in Budapest)』(1955)は欧州中で人気を博した。映画は1944年の12月が舞台なのだが、ダニューブの河原でナチ党員が靴を拾っているシーンが登場する。それは、撃たれて川に落とされた人々が脱がされた靴だった(現在、ブダペスト市内の川岸に靴のモニュメントが置いてある)。


ハンガリー映画史⑩ 人民共和国時代初期 静かなる移行期 につづく

※ハンガリー映画史これまで

ハンガリー映画史① 黎明期(1896~1910)
ハンガリー映画史② 繁栄の時代(1910~1919)
ハンガリー映画史③ 戦間前期 来なかった黄金時代(1919~1925)
ハンガリー映画史④ 戦間中期 復活の兆し(1925~1932)
ハンガリー映画史⑤ 戦間後期 コメディ黄金時代(1932~1939)
ハンガリー映画史⑥ 第二次大戦期 メロドラマの時代(1939~1945)
ハンガリー映画史⑦ 第二共和国時代の短い期間(1945~1948)
ハンガリー映画史⑧ ステレオタイプと復古戦前の時代(1948~1953)
ハンガリー映画史⑨ 社会批判と詩的リアリズムの時代(1953~1956)
ハンガリー映画史⑩ 人民共和国時代初期 静かなる移行期(1956~1963)
ハンガリー映画史⑪-A ハンガリー映画黄金時代 社会批判、リアリズム、歴史の分析(1963~1970)
ハンガリー映画史⑪-B ハンガリー映画黄金時代 ハンガリアン・ニューウェーブ!!(1963~1970)
ハンガリー映画史⑪-C ハンガリー映画黄金時代 日常の映画と商業映画(1963~1970)
ハンガリー映画史⑫-A 新たな道を探して 耽美主義と寓話(1970~1978)
ハンガリー映画史⑫-B 新たな道を探して ドキュメンタリーとフィクション(1970~1978)
ハンガリー映画史⑫-C 新たな道を探して ドキュメンタリー、風刺、実験映画(1970~1978)
ハンガリー映画史⑬-A 二度目の黄金時代へ 芸術的な大衆映画(1979~1989)
ハンガリー映画史⑬-B 二度目の黄金時代へ 80年代のドキュメンタリー(1979~1989)
ハンガリー映画史⑬-C 二度目の黄金時代へ 格差の拡大と映画の発展(1979~1989)
ハンガリー映画史⑬-D 二度目の黄金時代へ 新たな語り口とその様式化(1979~1989)
ハンガリー映画史⑬-E 二度目の黄金時代へ 繊細さを持った映画たち(1979~1989)
ハンガリー映画史⑭ そして現代へ (1990~)

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