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スタニスラフ・ロストツキー『朝焼けは静かなれど』あの日戦った少女たちを、記憶し続けること

ボリス・ヴァシーリエフの同名小説の映画化作品。実はイヴァン・ラソマキン(Ivan Rassomakhin)がTVシリーズを1970年に製作しており、1972年に製作された本作品は二度目の映像化、初の映画化作品となる。データ上では混同されることも多いので注意ポイント。本作品の監督は『月曜日までお元気で』や『黒い耳の白い犬』などで有名なソ連の職人監督スタニスラフ・ロストツキー。彼は5歳の時に観た『戦艦ポチョムキン』に感銘を受けて映画好きになり、14歳の時エイゼンシュテインの『ベジン高原』に俳優として参加、以降もエイゼンシュテインとは師弟関係を築き、彼の影響を受けて全ロシア映画大学に進むことにした。1942年に赤軍に加わり、ドゥブノ近郊でナチスの戦車に轢かれ、片脚の膝下を失ったらしい。その時野戦病院に運んでくれた看護師アンナ・チュグノワ(Anna Chugunova)に本作品は捧げられている。

1941年、カレリア地方の村に駐留していたソ連軍部隊の男どもがあまりにも不節制で村の女たちに手を出すので、唯一酒も女もやらない曹長ヴァスコフ以外全員若い女性兵部隊に交代させられる、という話。村にいる男はヴァスコフだけという状況の中、互いに偏見を持っていた彼と若い女性兵が歩み寄って偏見を乗り越える感じは普遍的に通用する題材だろう。

基本的にはモノクロなんだが、幻想的な回想シーンはカラーで撮影されており、戦争に来る前の甘い時間を甘いピアノ演奏とカラーの色彩美で表現し切る。少女のような年齢の女性兵たちの、どこか虚ろでやりきれないような表情の裏には、少女として生きていた甘い時間と決別や覚悟を含んだ辛い過去があり、それは単に"故郷の恋人を思う男性兵士の女性版"には収まらない強さに満ちている。だからこそ、短い休暇にダンスパーティを開いて彼女たちが踊るシーンは非常に感傷的な気分にさせられる、序盤の山場だ。

ある朝、近くに暮らす母親と息子のために食料を運んでいたリタが、森のなかでドイツ兵を目撃する。ヴァスコフは5人の部下リタ、リサ、ガーリャ、ソニア、ジェーニャとともにこれを追うことにする。この時点では両者の溝は全く埋まっていないし、彼女たちは戦闘機迎撃部隊なので、戦闘に対しては基本呑気なのだ。そして、実地訓練のような形で5人はヴァスコフの言うことを吸収し、尊敬の念と吊り橋効果によって打ち解けていく。逆に"軍規違反だ"が口癖だったヴァスコフも部下を一人の人間と認めて各々と対話することで、指揮官としての責務を果たしつつ、打ち解けていく。

一行は沼地を通って先回りするが、湖で発見したのは16人ものドイツ人分隊だった。ヴァスコフはリサに援軍を呼びに行かせ、残った4人と共に分隊を迎え撃つべく、場所を森の中へ移す。住民の若い女性が木を切っている風を装って進路を妨害し、一度は彼らを迂回させるのに成功する。この妨害作戦、山の中腹で木を切って目立たせると同時に、下から斥候を排除しようとしていた当初の作戦からも分かるように、高低差の表し方がエグい。

ここまで、映画は5人の人生に寄り添ってきた。家族を殺されてエストニアから逃げてきたジェーニャ、詩の好きなソニア、歌が好きなリサ、ブーツをなくしたガーリャ、唯一の母親としてその母と自身の息子を支えていたリタ、そして家族から理解されない恋に落ちたリサ。そして、その5人が死力を尽くしながら死んでいく様を第二部では丁寧に描く。戦争がなければ、青春時代を謳歌しているはずの彼女たちが、一人また一人と欠けていくのは、ありがちな話なんだけど泣けてくる。しかも、おっさんの自分が生き残って若い彼女たちが目の前で死んでいくのなら尚更だ。

リサは沼で溺死、ガーリャとソニアはドイツ兵に殺された。残された二人を守るため、ヴァスコフは囮となる。そして、短い単独ゲリラ活動の末、残ったリタとジェーニャに再会した時には3人と同じく号泣した。3人のために英雄として死のうとするヴァスコフを宥め、全員で戦うことを主張するリタとジェーニャ。そして、彼女たちもまた、ヴァスコフの前で亡くなっていく。

最後に残されたヴァスコフの使命は、生き残って彼女たちを記憶し続けることだった。死力を尽くして残ったドイツ兵を捕虜に取ったヴァスコフは戦争を生き延び、成長したリタの息子と共に森にある慰霊碑を訪れる。映像はカラーに切り替わり、老人となったヴァスコフの中で今でも鮮明に覚えている記憶として、亡くなった5人がカラーで脳裏に蘇る。確かに見方によっては英雄賛美的なのかもしれないが、若い人生を奪い去った誰にも注視されない小さな戦闘が語りかけるのは、反戦と鎮魂の叙事詩なのだ。

・作品データ

原題:A zori zdes tikhie (Dawns Here are Quiet)
上映時間:158分
監督:Stanislav Rostotskiy
公開:1972年11月4日

・評価:95点

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