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ハンガリー映画史⑪-C ハンガリー映画黄金時代 日常の映画と商業映画(1963~1970)

ハンガリー映画といえばネメシュ・ラースロー『サンセット』が公開され、エニェディ・イルディコ『私の20世紀』やタル・ベーラ『サタンタンゴ』がリバイバル上映される今年は正にハンガリー映画イヤーと言えるかもしれない。

今回は、長い戦後の混迷期を経て、遂に到来したハンガリー映画の黄金時代についてご紹介。分量が多すぎるので、分割してお届けします!(一つの記事にまとめると単に読みにくくなるので)

・ダイアログと映像のスタイル

この時代の作品、特にニューウェーブに属するような作品は"自然環境"という舞台装置が再発見した。この時代の映画製作者たちはセットを作ったりはしなかったのだ。自然環境というのは、それ自体で新たな主題を導入する手段であった。彼ら製作者たちは歴史的な伝統や"最も純粋な起源"(バルトーク・ベーラの言葉らしい)への回帰、変化への憧憬、60年代的な個人の内面での葛藤などを視覚的に表現しようとしたのだ。

例えば、Gaál Istvánの『Sodrásban (Current)』(1963)では、ハンガリーの古いルーツとも云えるティサ川の土手や河原と普遍的な文化の側面を持った学生の部屋が対照的に配置されていた。或いは、ヤンチョー・ミクローシュの『Oldás és kötés (Cantata)』(1963)のシーンの一つで、主人公の父親が平原(プスタ)で牛を追い立てているシーンの直後に、レインコートを着たインテリ主人公が都会のカフェで落ち込んでいるシーンを入れて対比させている。60年代の映画は、歩き回ってネオンライトやカフェなど"ブダペスト"そのものを再発見し、映画に繋げたのだ。

演劇的に構成された"議論"の映画も、この時代の典型的な映画の一つになり、より知的な問題を扱う傾向に突き進んでいった。『Hideg napok (Cold Days)』(1966)で有名なKovács Andrásはこの手の、個人個人が置かれた状況を変えられるかどうかを問うような映画を好んで作った。
『Nehéz emberek (Difficult People)』(1964)
『Falak (Walls)』(1968)
『Staféta (Relay Race)』(1970)
『A magyar ugaron (Fallow Land)』(1972)

・新たな"ジャンル"映画

一般大衆の雰囲気を的確に描く作品作品群の中にも、可能な限り最も単純な方法で日々の生活を伝えるような"ジャンル映画"が見え始めたのもこの頃だ。Zolnay Pál、Simó Sándor、Elek Judit、Gábor Pálは活動を制限された幾つかの社会集団についての映画を撮った。

Zolnay Pálの『...Hogy szaladnak a fák! (The Sack)』(1966)では、故郷の田舎に帰ったインテリの最初の世代について、ポプラの真っ黒な森を映すことで"感傷の誤謬"として扱った。次の『Próféta voltál, szívem (You Were a Prophet, My Dear)』(1968)では、腐敗に立ち向かえなかったことへの後悔に苦しむジャーナリストの物語を紡いだ。また、彼は田舎の生活や運命についての"社会学的なポートレート"を『Fotográfia (Photography)』(1972)で語っている。

Gábor Pálは、実話を基にした『Tiltott terület (Forbidden Ground)』(1968)で、工場の大事故を描いた。彼のスタイルは清教徒的でありながら劇的な展開を好む傾向にあった。

Simó Sándorは、『Szemüvegesek (Bespectacled)』(1969)でうら若き建築家が陥った状況を乾いたユーモアと皮肉で描写している。また、『A legszebb férfikor (In the Prime of Life)』(1971)では40年代生まれの世代が人生を再スタートするにあたって発生するフラストレーションを描き、『Apám néhány boldog éve (My Father's Happy Years)』(1977)では再び父親世代との苦労を描いている。

Elek Juditは、『Sziget a szárazföldön (The Lady from Constantinaple)』(1969)で人間関係を築こうと懸命になる老女を細かく描写し、感動的にまとめている。

Maár Gyulaは、『Végül (At the End of the Road)』(1973)で引退した党幹部の日常を描いた。

この手の社会的でありながらもちょっと異なる映画たちはニューウェーブを若返らせるような"作用"があったが、70年代にはあまり見かけられなくなった。一方、60年代中盤のハンガリー映画で強い力を持ったドキュメンタリー映画にはいい影響をもたらした。

・ブロックバスター系商業映画

60年代は、それまでに名声を確立した巨匠たちのおかげで、より伝統的で商業に適した映画も繁栄した。ケレチ・マルトンは次々とブロックバスター映画を作った。平均的な中欧の男が生き抜くテクニックを皮肉とユーモアを込めて描いたコメディ『A tizedes és a többiek (The Corporal and the Others)』(1965)はその中でも傑出した作品だろう。Hintsch Györgyの『A veréb is madár (Sparrows Are Birds Too)』(1968)や『Hét tonna dollár (Seven Tons of Dollar)』(1973)も同様に成功した作品だ。いずれの作品も小柄で赤髪のイマイチ魅力とも言えないがグロテスクなユーモアの天才的才能を持つ喜劇俳優Kabos Lászlóを主演に迎えている。

多くの大予算アドベンチャー映画に、後に"ハンガリーのバッド・スペンサー"と呼ばれたアクション俳優Bujtor Istvánが登場する。彼はTVドラマ『Mátyás Sándor』でタイトルロールを演じた他、『Az oroszlán ugrani készül (Isle of the Lion)』(1969)でも主役を演じている。後者の監督Révész Györgyは、ミュージカルや文学作品のエンタメ映画化に挑戦していた。

しかし、最も成功した監督はヴァルコニ・ゾルタン(Várkonyi Zoltán)だろう。『Egy magyar nábob (The Last Nabob)』(1966)、『Kárpáthy Zoltán』(1966)、『Egri csillagok (Stars of Eger)』(1968)は彼の記念碑的な歴史ロマンス映画と見なされている。

ファーブリ・ゾルタンも倫理的決断をくださざるを得ない状況に追い込まれた平凡な人々の悲劇を小説の映画化という体裁を使って映画化した。『A Pál utcai fiúk (The Boys of Paul Street)』(1968)と『Isten hozta őrnagy úr (The Tóth Family)』(1969)の二作が代表的であり、この手の映画は今後のトレンドの一つとなる。

また、トゥルーチク・マリ(Törőcsik Mari)、ラティノヴィッツ・ゾルタン(Latinovits Zoltán)、Ruttkai Éva、Gábor Miklós、、ダルヴァシュ・イヴァン(Darvas Iván)、Domján Edit、Sinkovits Imreなどのハンガリー人俳優・女優が世界的にも注目された時代でもあった。


⑫-A 新たな道を探して 耽美主義と寓話 につづく

※ハンガリー映画史これまで

ハンガリー映画史① 黎明期(1896~1910)
ハンガリー映画史② 繁栄の時代(1910~1919)
ハンガリー映画史③ 戦間前期 来なかった黄金時代(1919~1925)
ハンガリー映画史④ 戦間中期 復活の兆し(1925~1932)
ハンガリー映画史⑤ 戦間後期 コメディ黄金時代(1932~1939)
ハンガリー映画史⑥ 第二次大戦期 メロドラマの時代(1939~1945)
ハンガリー映画史⑦ 第二共和国時代の短い期間(1945~1948)
ハンガリー映画史⑧ ステレオタイプと復古戦前の時代(1948~1953)
ハンガリー映画史⑨ 社会批判と詩的リアリズムの時代(1953~1956)
ハンガリー映画史⑩ 人民共和国時代初期 静かなる移行期(1956~1963)
ハンガリー映画史⑪-A ハンガリー映画黄金時代 社会批判、リアリズム、歴史の分析(1963~1970)
ハンガリー映画史⑪-B ハンガリー映画黄金時代 ハンガリアン・ニューウェーブ!!(1963~1970)
ハンガリー映画史⑪-C ハンガリー映画黄金時代 日常の映画と商業映画(1963~1970)
ハンガリー映画史⑫-A 新たな道を探して 耽美主義と寓話(1970~1978)
ハンガリー映画史⑫-B 新たな道を探して ドキュメンタリーとフィクション(1970~1978)
ハンガリー映画史⑫-C 新たな道を探して ドキュメンタリー、風刺、実験映画(1970~1978)
ハンガリー映画史⑬-A 二度目の黄金時代へ 芸術的な大衆映画(1979~1989)
ハンガリー映画史⑬-B 二度目の黄金時代へ 80年代のドキュメンタリー(1979~1989)
ハンガリー映画史⑬-C 二度目の黄金時代へ 格差の拡大と映画の発展(1979~1989)
ハンガリー映画史⑬-D 二度目の黄金時代へ 新たな語り口とその様式化(1979~1989)
ハンガリー映画史⑬-E 二度目の黄金時代へ 繊細さを持った映画たち(1979~1989)
ハンガリー映画史⑭ そして現代へ (1990~)

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