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ハンガリー映画史⑧ ステレオタイプと復古戦前の時代(1948~1953)

ハンガリー映画といえばネメシュ・ラースロー『サンセット』が公開され、エニェディ・イルディコ『私の20世紀』やタル・ベーラ『サタンタンゴ』がリバイバル上映される今年は正にハンガリー映画イヤーと言えるかもしれない。

今回は共産主義政権の誕生から国有化されたハンガリー映画が、戦前の映画を思い出して復古に溺れる短い時代をご紹介。

・映画産業、国有化される

1948年の秋、他の産業と同様に、映画産業も国有化された。また1946年には、俳優学校もGertler Viktorの私設学校も労働組合もthe School of Dramatic and Cinematic Artに統合されてしまった。講師陣にはBalázs Béla、Hildebrand István、Illés György、ゲツァ・フォン・ラドヴァニなどがいた。

国が資金提供した最初の作品はBán Frigyesの『Talpalatnyi föld (The Soil Under Your Feet)』(1948)である。農民の千年に及ぶ苦しみや自由への希望など戦前の村での生活を強烈で美しい映像で語った作品らしい。

・復古戦前時代の開幕

しかし、全体としてみると、他の欧州諸国と同じく、この時代のハンガリーの一般大衆はステレオタイプ的な映画を好む傾向にあった。共産党の一党独裁体制において、映画とはイデオロギーを語って広めるプロパガンダとしての役割が大きかった。短い期間ではあったものの、この時代は多くの題材が扱われた。土地を所有する農民たちが協同組合を結成する、労働競争の発展、反勢力への弾圧、人々の再教育、そしてロマンス系映画まで、幅広く製作されたが、結局その様式は戦前期のそれを借りてきただけの映画だった。そして、この手の映画は戦前期に活躍したケレチ・マルトン、Gertler Viktor、Bán Frigyes、カルマール・ラースロー、Apáthi Imreなどの監督が製作していた。また、少ないながらも以下のような若手の監督たちがハンガリー映画業界の復興と相まって登場した。
・Máriássy Félix
・Herskó János
・ラノーディ・ラースロー(Ranódy László)
・Várkonyi Zoltán

・"工業映画"の誕生

この頃の脚本は国営化されたスタジオの中央編集委員会が認可を出し、その委員会メンバーが社会主義的な"新人類"思想をどう盛り込むか、アイデアを駆使して書き直しをしていた。そして、ここに新たなジャンルが誕生した。それは、工場とその生産物を扱った"工業映画"というジャンルである。労働者が数々のサボタージュ行為を、持ち前の精神の強さで打ち破っていく様を描いたジャンルであるが、同時に国有化や工業生産の正しさを信奉する心や楽観主義を宣伝するものでもあった。代表作に以下のような作品がある。
・マック・カーロイ&Szemes Mihály『Gyarmat a föld alatt (Underground Colony)』(1951)
・Máriássy Félix『Teljes gőzzel (Full Steam, Ahead!)』(1951)
・Gertler Viktor『Ütközet békében (Battle in Peace)』(1952)
・Herskó János『A város alatt (Under the City)』(1953)

・歴史もの/伝記もの

あからさまなプロパガンダ映画広がる前は、戦前時代の題材を扱う映画が多く、そのほとんどが小説を映画化したものだった。この頃、歴史ものや伝記ものが多く作られた。例えば、Bán Frigyesの『Úri muri (Gentry Skylarking)』(1949)はMóricz Zsigmondの小説を基にした映画である。また、1848年のハンガリー革命を題材としたラノーディ・ラースロー&Szemes Mihályの『Föltámadott a tenger (The Sea has Risen)』(1953)のような歴史上の出来事を題材とした作品、或いは作曲家エルケル・フェレンツの生涯を描いたケレチ・マルトンの『Erkel』(1952)のような伝記映画に大型の予算が組まれることもあった。

・初のカラー映画!

ハンガリー初の長編カラー映画は1949年にNádasdy Kálmánとラノーディ・ラースローが監督した『Ludas Matyi (Mattie the Goose Boy)』(1950)であるが、今日ではオリジナルプリントにかすかな色の痕跡が読み取れるだけらしい。

・コメディ映画の表と裏

この当時、"映画は労働者の第二の家だ!"というのがスローガンだったらしい。それを証明するように、うん百万人も動員したハンガリー映画も数多くあるようだ。Latabár Kálmán、Soós Imre、Ferrari Violetta、Pongrácz Imreといった人気俳優・女優を使って戦前のスタイルを借りたコメディも作られていた。このようなコメディ映画は、幸せな未来の幻影を見せてくれるとして大ヒットしたが、政治家たちが人々の私生活を乗っ取り始めていた事実をうまく言い逃れして偽るような幻想にも繋がっていた。


ハンガリー映画史⑨ 社会批判と詩的リアリズムの時代 につづく

※ハンガリー映画史これまで

ハンガリー映画史① 黎明期(1896~1910)
ハンガリー映画史② 繁栄の時代(1910~1919)
ハンガリー映画史③ 戦間前期 来なかった黄金時代(1919~1925)
ハンガリー映画史④ 戦間中期 復活の兆し(1925~1932)
ハンガリー映画史⑤ 戦間後期 コメディ黄金時代(1932~1939)
ハンガリー映画史⑥ 第二次大戦期 メロドラマの時代(1939~1945)
ハンガリー映画史⑦ 第二共和国時代の短い期間(1945~1948)
ハンガリー映画史⑧ ステレオタイプと復古戦前の時代(1948~1953)
ハンガリー映画史⑨ 社会批判と詩的リアリズムの時代(1953~1956)
ハンガリー映画史⑩ 人民共和国時代初期 静かなる移行期(1956~1963)
ハンガリー映画史⑪-A ハンガリー映画黄金時代 社会批判、リアリズム、歴史の分析(1963~1970)
ハンガリー映画史⑪-B ハンガリー映画黄金時代 ハンガリアン・ニューウェーブ!!(1963~1970)
ハンガリー映画史⑪-C ハンガリー映画黄金時代 日常の映画と商業映画(1963~1970)
ハンガリー映画史⑫-A 新たな道を探して 耽美主義と寓話(1970~1978)
ハンガリー映画史⑫-B 新たな道を探して ドキュメンタリーとフィクション(1970~1978)
ハンガリー映画史⑫-C 新たな道を探して ドキュメンタリー、風刺、実験映画(1970~1978)
ハンガリー映画史⑬-A 二度目の黄金時代へ 芸術的な大衆映画(1979~1989)
ハンガリー映画史⑬-B 二度目の黄金時代へ 80年代のドキュメンタリー(1979~1989)
ハンガリー映画史⑬-C 二度目の黄金時代へ 格差の拡大と映画の発展(1979~1989)
ハンガリー映画史⑬-D 二度目の黄金時代へ 新たな語り口とその様式化(1979~1989)
ハンガリー映画史⑬-E 二度目の黄金時代へ 繊細さを持った映画たち(1979~1989)
ハンガリー映画史⑭ そして現代へ (1990~)

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