カンテミール・バラゴフ『Closeness』自分の人生は自分のものだ、或いは自治国を抱える現代ロシアの縮図

2017年のカンヌ国際映画祭"ある視点"部門に出品され物議を醸したカンテミール・バラゴフ(Kantemir Balagov)の初長編作品。同部門で国際映画批評家連盟賞を受賞した。彼の出身国であるカバルダ・バルカル共和国をロシアと呼んで良いのかは分からないが、凋落から復活しつつある現代"ロシア"映画の新たな担い手として世界的に注目を集めたきっかけとなった作品だ。彼の次の作品『Beanpole』が今年の第72回カンヌ国際映画祭で同じ"ある視点"部門に選出されている。

バラゴフは1991年にロシア連邦南部カフカスの北部地域に当たるカバルダ・バルカル共和国の首都ナリチクで産まれ、セヴァストポリで経済学→法学を勉強しながら、オンライン番組(Youtube的なもの?)で幾つかの短編を製作していた。23歳で故郷に戻り、故郷のナリチク大学にアレクサンドル・ソクーロフの設立した映画学科に入学し、彼から直接映画製作について学んだ。在学中に短編ドキュメンタリー『Andriouchka』(2014)と卒業制作作品『First I』 (2015)を製作した後、初長編作品が本作品である。

1998年、ナリチクにて。少々間の抜けた父親が経営する自動車整備工場の手伝いをする若い女性イラーナ。いい仕事の話も断って、自分のしたいことをして暮らしているのを父親は心配している。冗談を言い合ったり、じゃれ合っている様子を見ると、父親との関係は良好なようだ。冒頭のつかみはバッチリ。些細な会話と意思をはっきりと持った目線から、これから色々"映画的な"問題を起こしてくれるんだろうという期待を持たせてくれる。演じるDarya Zhovnarの力強い目線も一役買っている。

その夜、弟デヴィッドの結婚式に出るイラーナ。作業服にポサポサの頭で帰ってくると、早速母親に捕まり、ドレスを渡されて着替えてこいと言われる。多分、家の裏で煙草を吸ったのもバレていた。お見合い結婚に乗り気じゃない弟よりも結婚式に乗り気でないイラーナは勝手に抜け出して、近くで恋人ザリムと会う。彼はユダヤ人でなくカバルダ人なので結婚式には呼ばれていなかったのだ。イラーナが家に帰ると事態が急変していた。デヴィッドとレアの新婚夫婦が新居に帰る途中、誘拐されたのだ。

緊急のユダヤ人会議が開かれ、身代金をカンパで集めるが半分までしか届かない。すると、レアの母親が"うち貧乏やし、一人娘やから…"と言って遠回しにカンパした全額を要求し、ラビからは"修理工場を4万ルーブルで買ってやるから身代金の足しにしろ"と言われる。仕方ないと言う母親、受け入れる父親に対して、全く受け入れられないイラーナ。母親と大喧嘩してザリムのところへ走る。

多くの議論は恐らくここに集中すると思う。母と娘の対立、放浪のユダヤ人というテーマが主軸なのだが、カバルダ人とロシアの関係をぶち込んだ一連の殺人ビデオ(ロシア兵が住民を殺してる?)のシーンは受け入れがたく強烈なシーンだ。しかし、裏で発生している弟の誘拐に対して、仲の良かった姉イラーナが両親と喧嘩したからって恋人の元に走ってハッパ吸ってコーラを飲みながら殺人ビデオを鑑賞するのには流石に無理がある。テーマの多さとシーンの衝撃さから映画全体がブレ始める勿体無いシーンだ。何も出来ない自分から逃れたかったのかもしれないが、それにしては描写が足りないし、単純に観ていたら"親がウザイんでコッチ来ました"みたいな展開になっていてちょっぴり寂しい。

身代金のためにラファというユダヤ人の青年と結婚させられることになったイラーナは衝動的にザリムとセックスする。帰り道で先に解放されたレアを見かけるシーンの強烈なやるせなさ、間接的とは云えど弟のために処女を棄てたイラーナとカンパによってさっさと解放されたレアの目線が交錯するシーンを痛々しく寒々しく切り取る。そして、双方の家族が集まった会議で、血のついたパンツを投げつけて破談に持ち込んだイラーナはお金だけ回収して弟を解放する。他には誰も来てないの?とデヴィッド。これには流石に"どういうことだよ"と思った。

店も失って無一文になった一家は、結婚したデヴィッドを残して街を去ることにする。名も明かされぬ街からナリチクにやって来た家族は、再び放浪の旅を始めることにしたのだ。母親は当初デヴィッドも連れて行こうとするが、それに対して彼は反抗し、母親をして"彼らの人生は彼らのものだ"と言わしめる。そして、イラーナは自らの意思によって、両親の放浪の旅に付き添うことを決める。父親の自動車整備の仕事を放浪した先でも手伝うつもりなんだろう。

言いたいことを色々突っ込んだら底が抜けたタイプの映画だ。カバルダ人とユダヤ人の双方が双方に対して抱く反感感情、母と娘の対立、誘拐事件、ロシアに対するカバルダ人の民族浄化問題、現代カバルダ・バルカル共和国の若者の実像、といったテーマを混ぜるには2時間じゃ到底足りないし、実際足りていなかったから夫々のエピソードにあまり深みが感じられなかったのが勿体無い。特に民族浄化問題はテーマとして重すぎるのに、殺人ビデオだけで済ませるのはどうなのか。カバルダ人の男たちは普段から数人集まって、酒を飲んでヤクをキメながらこんなビデオ観るのかよ。流石に嘘くさすぎるでしょ…

しかし、家族や社会の因習に反抗し続けるイラーナの人物造形は非常に好ましいものだった。多くの映画と異なり、反抗することが必ずしも正義に転じるとは限らない決まりの悪さがあって尚良い。イラーナの反抗は"正しいが正しいだけ"という代物であり、その反抗によって事態がより複雑になっていってる感じすらするのが非常に痛々しい。上でも書いたけど、演じるDarya Zhovnarの眼力も素晴らしいので、彼女の存在が映画の中で生きているのだ。

皆に顔向けできないからと逃げるようにナリチクを去って再び放浪する家族は、もしかすると彷徨い続けるユダヤ人の象徴なのかもしれない。と同時に、カバルダ人に対してマイノリティなユダヤ人が警察を信じずに自分たちで解決する="自治"は、ロシアに対するカバルダ・バルカル共和国を表していて、映画そのものが人種を超えた現代ロシアの縮図になっているのかもしれない。誘拐事件によって暴かれた現代"ロシア"の様々な事実は、カンヌ国際映画祭によって世界に提示された。監督の今後に注目だ。

・作品データ

原題:Tesnota
上映時間:118分
監督:Kantemir Balagov
公開:2017年8月3日(ロシア)

・評価:78点

・『First I』 (オマケ)

ソクーロフの指導の下作られたバラゴフの監督デビュー作。仲間に囲まれてわちゃわちゃしている青年が自分を探す旅路。イスラム教も良いかもしれんとアラーに祈り始めたら、母親が"止めてくれ!"と言って卒倒する。私にはよく分からなかった。

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ロシア映画

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