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ラブホ逃避行

煙草と缶コーヒー、お酒と少しのおつまみが入ったカゴをレジに置く。深夜シフトの店員さんの動きは、やや気怠げだ。それでも、ピッピッという小気味好い音とともに、商品がカゴから袋へ移されていく。合計1,753円。「さっき飲み代出してもらったから」と言いながら、私は財布を取り出した。

コンビニを出てすぐのホテルに入った。私たちはいつも決まって退室時間が遅い所を選ぶ。朝の準備にバタつきながらチェックアウトするのは、好ましくない。煙草の1本、コーヒーの1杯でも楽しめるくらいがちょうどいい。
「たぶん全部払ってくれるんだろうなぁ」と思いながら、ちょっと遠慮して1番安い部屋のパネルを押す。フロントで鍵を受け取った後、部屋へ向かう途中、人の気配はまるでない。確か灯りのついたパネルは残り2つだったはずなのに。同じ建物にいるはずの数十組のカップルの存在は、それぞれの扉の奥で息を潜めていた。

「とりあえず飲もう」

部屋に入るなりそういう行為をするのは少しアケスケな気がして、袋から缶ビールを2本取り出す。はい、と1本差し出すと、彼は受け取りながら私の隣に腰を下ろした。

彼は、部署は違うが同じ会社の人間だ。
歳は1つ上。社内イベントでたまたま知り合って、意気投合してからよく飲みに行くようになった。初めに飲んだ時は4人、その次は3人、いつしか2人と、徐々に人数が減っていく。その頃にはすっかり彼を意識していたのだけど、ある時ふいに、思い出したかのように、「そういえば、こないだ彼女がさ、」という前置きから、いつも通りの世間話が始まった。
それがあまりにも当たり前のようだったので、「彼女いたの?」という言葉は、濃い目のハイボールと一緒に胃に流し込んでやった。
最初にどちらからホテルに誘ったかは覚えていない。いつしか、2人で飲んだ後はそういう流れになるのが、私たちの定番コースになった。

「いや、全然女子高生じゃねぇし」
「絶対30いってるよね〜」
テレビ画面にはデカデカと、『純情JKと先生のイケナイ♥課外授業』が映し出される。いつのまにかAV評論会になっていた。気持ちばかりに買ったチータラは、もう残り2本を切った。
空き缶はローテーブルの隅にまとめて置いてある。
頭はぼやっとして、意味もなく楽しくて、急に人の温もりが欲しくなって、隣には同じように飢えた体温があった。
ちらりと目配せすると、もう顔つきが変わっていた。無言の合図。どちらが先に啄ばんだか分からないまま、気付けば唇が重なる。"全然女子高生じゃない"妙齢の女優の、大げさな嬌声がうるさくて、手探りで探し当てたリモコンの電源ボタンを押す。静寂は、2人の行為の音を浮き彫りにした。


大きなテレビ画面の中で、最近人気のハーフタレントが、渋谷に新しくできた人気のお店を紹介している。間延びした日曜の遅い朝。
私は缶コーヒーを片手に、彼は煙草を咥えながら、ベッドに上体だけ起こして並んでいた。タレントが可愛らしく頬張る分厚いステーキが美味しそうだったが、残念ながらお店の名前は聞きそびれた。

「どこって言ってた?」
「うん?」吐いた息に呼応して、ジ、と煙草の火が強くなる。
「このお店」
「渋谷」
「じゃなくて、お店の名前」
「わからん」

たぶんこの後は、大きいお風呂に一緒に入って、他愛のない話をして、もう一度セックスをして、彼が支払いを済ませて部屋を出る。
いつもの週末。
「今週末飲もう」は「セックスしよう」の隠語。だから「飲む」日の前日は、剃り残しを念入りにチェックするし、良い下着を身につける。

私は彼が好きで、一緒に快楽に溺れて、缶コーヒーをゆるゆる飲む時間が幸せと感じる。それでいい。都合の悪いことは全部見ないことにしてしまえ。

チェックアウトまで、あと2時間半。


※「ほのあかるいエロ」というテーマでShe isに応募した作品です。

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