羽子板の音

羽子板の音が聞こえます。

障子を開き、窓を開けると冷たい風が頬を撫で、眩しい光が飛び込んできました。目を細め、空を見上げると、太陽に薄い雲が少しかかるところでありました。降らないか、と少しさみしくなり、「寒い、寒い」とつぶやき、窓を閉め障子を閉ざし、布団の中に潜り込みました。

「よう、いつまで寝てるんだよ」

彼は私を布団ごと蹴り、ぶっきらぼうに言いました。

「正月に雪が降ってんだ、遊ばないともったいないだろ。早く起きろ」

ごそごそと布団から顔を覗かせると、彼は羽子板を持っていて何とも不敵な笑みを浮かべております。このままだと風邪を引くまで外を走りまわされると直感で感じた私はいやだと布団に潜り込みます。布団は暖かく、すぐに私を眠りの世界に誘います。

* * * * *

羽子板の音が聞こえます。

私は十八になり、来年は東京の大学に進学すべく、毎日毎日机に向かって勉強をしています。成績は悪くはないけれど、志望する大学にはまだ及ばないのではないかと不安が募り、たとえ勉強に見が入っておらずとも机から離れることができずにいました。夢の中でも私は机に向かっておりました。

午後に少し離れた神社へ参拝に行こうと父が言っておりました。母が言うにはそこは有名な学問の神様がいる神社なのだそうです。多くの受験生が毎年そこの神社に参拝しに行くそうで、それはまるで受験に受からせてくださいとお願いしに行くというより、お参りに来たので私を落とさないでくださいとご機嫌を取りに行くようで、不敬とは思っていても、どうしても行く気にはなれません。


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コツンと窓に何かが当たる音がしました。

障子を開き、窓を開けると冷たい風が頬を撫で、柔らかな光が飛び込んできました。目を細め、空を見上げると、太陽に薄い雲がかかっておりました。下を見ると小さな男の子がこちらを見上げ手を振っておりました。
ベランダに落ちていた羽を拾い、ふぃと投げると羽はくるくると回りながら落ちてゆきました。コツンと板に跳ねた音がして、男の子の笑い声が聞こえました。憎たらしいような、愛おしく懐かしい笑い声。雪はまだ降っておりません。私は再び布団に潜り込みました。

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私を布団ごと蹴った彼は、そのまま私を布団から引きっぱりだし、雪の降る寒い冬の中へと連れ出し、羽子板の代わりに積もっていた雪をぶつけてきました。私は案の定、翌日風邪を引きました。そして私が寝ている間に彼は、東京に発ちました。昨年の冬。彼はそのまま東京で暮らしています。

羽子板の音が聞こえます。

東京の大学に進学出来たら、私は羽子板の勝負を持ちかけ彼の頬にバツをつけてやります。そして十年間の想いを込めて、反対の頬にキスをしたいな、と密かに思っているんです

#羽子板 #千文字の物語 #短編 #短篇

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港谷順-こうたにじゅん-

役者・劇作・演出/Ayuka project主宰/活動記録を残していきます。
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