【映画感想】オデッセイ

ひとは、火星に行くたびに砂嵐で難儀する。
マット・デイモンよ、NASAよ、お前らは「ミッション・トゥ・マーズ」を、「レッド・プラネット」を観なかったのかと問いたい。
それらはすべてハリウッド映画だし、実際火星にはまだ人は降り立っていない。だからこそ、今までの映画から学ぶべき教訓もあるのではないか。危険だとわかっている場所で鳴り響く警報を、部下からの警告を、なぜ軽く扱うのか。それみろ、事故が起きた。

これは大晦日に、「北海亭」という火星の、ある作業基地で起こったお話です。

懐かしの名作、「一杯のかけそば」の冒頭部を充ててみたくなるような、その作中貧しくとも清く生きる家族と同じ匂いをこの映画から感じた。ブームの下火以降、寸借詐欺をしては逞しく生き延びているらしい栗良平を思い出した。はたして彼は元気だろうか。

とにかく、残された食料と機材で、マット・デイモンは迎えが来るまで火星で生き延びる事を決意する。じゃがいもを栽培し、水を作り、ソーラーパネルを掃除する。それらが終わってしまえば、滞在日誌を書く以外にはやることもない。唯一出来るとしたら、船長の残したディスコ音源を聴くくらいだ。
そのディスコ音源は何故かマット・デイモンの場面場面にぴったりあうかたちでチョイスされている。生き残ろうと決意した際にはグロリア・ゲイナーの"I will survive"が、放射性同位体熱電気転換器で暖を取る際にはドナ・サマーの"Hot stuff"が流れたりする。
船長がディスコ好きで良かったと思う。もし彼女が持っていった音源が「さだまさし大全集」だとしたら大変な事になりかねない。「元気でいるか 町には慣れたか 友だちできたか」という歌い出しで始まる「案山子」など聴いた日には、気が滅入って仕方ないからだ。「寂しかないか」「寂しいよ!」「お金はあるか」「あっても意味ねえよ!」「こんどいつ帰る」「こっちが聞きたいよ!」と文句も止まらないだろう。
日本においての宣伝文句は「70億人が、彼の還りを待っている」なのだが、アメリカでは"Bring him home"になっている。「彼を連れ戻す」という力強い文句だ。正直、日本版のコピーでこの映画を観たくはならない。何故なら、待っている人は特にやる事はないし、実際劇中でその待っている70億(全部は出てきません)が何をしているのかというと、NASAから配信される動画を街頭モニタで観てるだけなのだ。家でも観れるんだったら帰れ帰れ。
対してアメリカ版の"Bring him home"というコピーは、マット・デイモンがサバイヴする描写がされるその反対側で、彼自身では解決できない「火星から生還する」というミッションを達成するために地球側の天才たちが根を詰める様子が淡々と描かれているのだから、そちらのほうが本編を訴えるコピーとしてはふさわしいと思う。劇中歌には"I will survive"がハマっても、俯瞰で見れば"Bring him home"の話であるのだ。
「MR.ダマー」が大好きなので、NASA長官役のジェフ・ダニエルズが大事なところで変なスイッチ押しちゃってNASAごと爆発しちゃうんじゃないだろうかと気が気でなかった。それは「インディペンデンス・デイ」を観た時に、ビル・プルマンが「スペースボール」の時みたいにちんこからライトサーベルを出してエイリアンを退治するのではないかという心配に似ていたが、どちらもそんなことは起きなかった。
2時間越えの作品なので、普通の映画の感覚で「そろそろ終わるな」って観てるともうひと山ふた山あるのでお得。
最後に、下世話な話だがマット・デイモンは数年に渡る火星生活で、自身の性欲をどうやって解消していたのかが気になる。夢精以外はNG、などという厳しい戒律を自らに課していたのだろうか。探査船や地球と通信できるなら、火星でXVIDEOSも観れるのではないか。だとしたらその履歴を、検索ワードを、火星を発つ時に消し忘れてはいないだろうか。ティッシュは貴重だと思うから、どこへ出したのかも気になる。まさか貴重なタンパク質だからと、自身の口内へリサイクルしていたのだろうか。いや、新芽に"Hi, There."と呼びかけていた彼だから、ひょっとしたら芋は食料であると同時に彼の性欲の対象となっていて、その姿に興奮しながら果てるごとに畑へブッかけていたのかもしれない。養分になるのであれば、有機栽培的側面からみても合理的だ。流石植物学者、と兜を脱ぐしかない。
わたしも火星に取り残された気分になって、仮性のわたしを慰めてあげようと決意したその晩、独り暮らしの孤独な心に、ささやかな元気をもらいました。

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