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オウンドメディアで取り組むべきこと

前々回にオウンドメディアについて書いた

オウンドメディアとは何か?

オウンドメディアとは何だろうか。例によってWikipediaを見ると以下のような記述がある。

オウンドメディア (英: owned media)とは、自社発行の広報誌やパンフレット、インターネットの自社ウェブサイト・ブログなど、企業や組織自らが所有し、消費者に向けて発信する媒体を指す。「ペイドメディア (Paid Media) 」「アーンドメディア (Earned Media) 」と合わせて、企業マーケティングの核となる3つのメディアとして認識される媒体といえる。

ここで言うところの「企業や組織自らが所有し、消費者に向けて発信する媒体」というのが最大の特徴であり、Wikipediaにはさらに「宣伝主体みずからがコントロール可能なコミュニケーションチャンネル」とある。

オウンドメディアは自社専用宣伝メディア

誤解を恐れずに言えば、広告メディア(テレビ局や雑誌、新聞、あるいは、大手デジタルメディア、および、広告代理店)の干渉や制約を受けず、100%自社のブランドやプロダクトの宣伝行為を行える、自社専用宣伝メディアである。

ただし、オウンドメディアには宣伝メディアとして決定的に欠落している点がある。それは、一部の有名企業を除いて、多数のコミュニケーション接点を作れないこと。消費者が訪問しないなら宣伝する効果がない。

なので、前回もマス広告との相性が良いと書いた。特に不特定多数の接点を作るにはマス広告が向いている(特定多数の接点についてはデジタル広告の方が向いているかも知れない)。いずれにしても外部の広告メディアは、少なくとも初期流入のために必要であり、以降も継続的な接点を作り続けるための効率的な手段となり得る。

胡散臭くても消費者はより良い未来を求めている

いまどきの消費者は広告の胡散臭さを知っている。ただ、それは「良い」と宣伝されるものが「それほど良くない」という結果を伴った過去の経験があるからであり、それでも消費者は顕在的にも潜在的にも良いもの求めている。自分に置き換えてみても、プロダクト単体では今使っているもので満足していても、より使い勝手の良いもの、より買いやすいもの、より安いもの、使っていて楽しいもの、人に自慢できるもの、何か新しいものが見つかる予感、そういうポジティブな欲望がある。だから新しいプロダクトには常に興味がある。仮に興味が湧くプロダクトがないのなら、それを生み出せない作り手側の問題か、または、その市場の終焉が近いことを意味しているのではないか。

プロダクトによって変わる体験を必死に紡ぎ出す

だからこそ、作り手側はプロダクトの価値を丁寧に誠実に語る必要がある。

胡散臭くてもオウンドメディアに訪問してくれた消費者を欺いてはならない。聞き心地の良い話をして、作り手がしたい話だけをする広告表現に消費者は落胆して、そのブランドを想う気持ちは少しずつ失われていくだろう。

プロダクトの価値において、効果効能や性能、見た目や使い勝手などの基本情報はもちろんだが、最も重要なのは「そのプロダクト(ブランド)によって自分がどう変わるのか」である。例えば、洗剤なら汚れが落ちるのは当然のことで、その結果として「掃除が楽にできて気分が良い」などと感じることであり、それをどうやって消費者に実感してもらうかが、オウンドメディアでやるべきことのほぼすべてではないかと思う。極端な話、それ以外のコンテンツはすべて捨てて、それに必要な予算をすべて投入しても良いはずである。

当然ながら、それを伝えるために「掃除が楽になるから気分も良いですよ」とキャッチコピーを付けても何の意味もない。そういう話ではなく、なぜ掃除が楽になるのか、掃除が楽になったことでどんな良いことがあるのか、そういうことを根拠を付けて語っていく。

人は意図に価値を感じる

作り手側がそのために何を考えてプロダクトを開発したのか、というストーリーも体験価値を高めるためには有用である。人は、性能や価格だけでプロダクトを選ぶわけではなく、どこで知ったのか、誰が作ったのか、どこで買ったのか、などの情報も加味してモノゴトを評価するので、無味乾燥な誰がどういう意図で作ったのか分からないモノより、意図を持って作られたモノの方が価値が高いと感じる。これを気のせいと捉えるかどうかは価値観の問題だが、過去に自分が買って「良かった」と思えるモノを思い返してみて欲しい。単純に性能や価格だけで満足したモノより、それに付随する体験やコンテクストも含めて満足していることが多いのではないだろうか。

選択肢は常に消費者にある

プロダクトの周辺にある、あらゆる体験を最終的に感じるのは消費者自身なので、それを押しつけてしまっては意味がない。体験の押しつけが広告の胡散臭さの正体であり、あくまで可能性として選択肢を提示する、ある種のさり気なさと、その裏側にある緻密な計算がキモとなる。なんだやっぱり計算してるのか、胡散臭いなあ、というのがマーケティングの本性であって、確かに胡散臭い(笑)。でも、押しつけるより遥かにマシであり、選択肢は常に消費者にある。これがお互いの期待を結びつけるマーケティングのあるべき姿だと思う。

従来の広告手法と何が違うのか

従来より、広告+LP(ランディングページ)という定番の形式があり、これと何が異なるのかという疑問があるかも知れないが、表面的には一緒である。

ただ、この手の形式の胡散臭さを消費者は体験的に学んでいる。流入すればよい、コンバーションすればよい、購入されればよい、というのであればそれで構わないのだが、この手法の最大の問題点は、広告を打ち続けなければならないところにある。プロダクトが消費者に本質的に選ばれているわけではなく、広告によってプロダクトに触れる人数が増えたことで、売上も増えただけである。但し、これこそが広告の効果なので、別に広告は悪くない。広告は役目を十分に果たしている。

むしろ、従来型の広告の価値をさらに高めるのがオウンドメディアの活用だと思う。せっかく高いコストを掛けて流入させて増やした消費者との接点を、一度限りにせず、プロダクトやブランドの体験の場として最大限活用し、継続的な関係性を作ることが、これからのオウンドメディアの価値であると言える。

体験を作る装置としてのオウンドメディア

消費者と継続的な関係性を作ることは、刹那的な広告効果に頼らず、中長期的に自社ブランドを育て、ひいては収益を安定化させることに繋がる。この手の発想は、広告を売ることが生命線である広告代理店からは生まれにくいのではないだろうか。マーケティングにおいて、広告は目的ではなく手段であり、これから重要になるのは「自分がどう変わるのか」というワクワクする未来を想像させる装置としての、広告〜オウンドメディア〜購入チャネルの連続性を持った体験である。そして、この中で作り手である企業が力を入れるべきは、その核となるオウンドメディアだと思う。なぜなら最もプロダクトやブランドに近い自分たちのメディアなのだから。

なお、本稿では「消費者」と書いたが、BtoBにおけるオウンドメディアにも適用できる話であり、「ターゲットユーザ」と書くのが本来的には正しい。

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齋藤健太郎

2000年頃からデジタル界隈で生計を立てている人。主な生息地は横浜と銀座。基本的に日々を楽しく過ごしたい人です。 2003年にビジネス・アーキテクツ社へ参画、2011年からネットイヤーグループ社に在籍。企業のビジネスをデジタルで何とかして盛り立てるお仕事。

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