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瀬戸内ドライブ 4

彼と最初で最後のデート。宮島行きフェリー乗り場から見える冬の海は、どんよりとして、そう綺麗とは言えなかった。それでも彼は「海の匂いがする」とはしゃいだ。

「こっち来て観光してなかったから」
フェリーの上で、彼はじっと向こう岸を見ていた。私は海風が寒くて、ダウンの胸元をぎゅっと握った。船内に入りたかったけど、彼の嬉しそうな顔を見ると言い出せなかった。私にとっては、宮島のフェリーは何度も乗ったことのある、変わりばえしないものだ。だけど彼にとっては初めてのフェリーに観光地。段々と近づいて来る、赤い鳥居にスマートフォンを向けてやたらと写真を撮っていた。

「そんなに撮ってどうするの?」
笑うと、「SNSに上げる」と彼はアプリを立ち上げた。
そのとき、私は彼のアカウント名を横目で盗み見た。帰ってから、彼のアカウントを見るためだけに、アカウントを作った。フォローはしない。だけど、こっそりと見に行くのがその日から、習慣になってしまった。

彼が今日写真をあげていた、ハワイの海ってどんな感じなんだろう。写真で見えるぶんだけじゃ分からない。潮の匂いとか、空気とか、青さとか。少なくとも、あの冬の宮島の海ほどさみしくはないだろう。


そして今日のここも、あの日とうって変わって暖かい。車はまだ、田んぼばかりの場所を走っていた。

「今日行く海ってどこ?」
運転席をのぞき込んで聞いた。
「ん? あぁ起きてたん。安芸灘大橋の辺り」
悟は、ミラー越しにちらりとこちらを見た。

安芸灘か。私はほっと力を抜いた。宮島には今日は行けない。思い出がつまりすぎている。
「どこだと思ってたん?」
悟に聞かれて、とっさに「宮島」と言った。
「宮島は逆方向じゃね」
方向がそもそも違うのか。私は普段車に乗らないのでどの道がどこに繋がっている道なのかはよく分からない。

「宮島といやぁ、中学でスケッチ大会に行ったな」
「そうだった」

中学のスケッチ大会。並んで一緒に絵を描くような友達がいなかった私は、一人で丘の方に向かった。だいたいの生徒は鳥居が見える浜辺に陣取ろうとしていて、私だけそれに逆行するように歩いた。私は、あんたたちとは違う。あの頃からずっとそう思っていた気がする。みんなと同じところを切り取って絵にするなんて吐きそうだった。
 
そういえば、あのときも悟が隣にいたんだ。
「お堂みたいなところで絵を描いた気がする。そこに、悟もいた」
「そうかいね」
悟は覚えてないらしいけど、悟もみんなに逆行して、確かに丘の上に来ていた。今までそんなこと、私だって忘れていた。

浜辺から離れて丘にのぼりしばらく歩いていると、お堂があった。
ただっ広い広間は木の板が敷き詰められていて、靴をぬいで入ってみる。開け放たれた廊下に出ると、海が開けて見えた。

ここで描こう。

スケッチブックを開いたとき、先客に気が付いた。悟だった。
いつもクラスではお調子者だった悟が、そのときはたった一人で一心不乱に描いていた。のぞきにいくと、「あぁ、お前か」とにやっと笑った。

「ここ、えぇよな」
そう言って、悟はまた、真剣な表情でスケッチブックに向き合う。私も少し離れた場所に座って、描きはじめた。お堂にいる生徒は私たちだけで、時々旅行者がのぞいては消えていった。
ここから見る海は、空の青さが反射していて、近くで見るよりもずっとずっときれいだと思った。

「瀬戸内ドライブ」5に続く


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