研究所帰りの、私からは以上です

研究所に通って半年が経った。
前に書いた手記は、日付を書いていなかったから確かではないけど、たぶん半年は経っていて、一年はまだ経っていない。
日付を書かない手記に意味はあったのだろうかとも思う。

研究所通いにはすっかり慣れてしまった。
ランダムに呼ばれると思っていたのも、ちゃんとリズムがあると分かった。リズムに乗れば、負担は少なくなるものだ。

どこかの国の舞踏を習うときと一緒。
聴き慣れない音の中に規則性を見つければ、ぐっと踊りやすくなる。

今日の研究は簡単に終わった。あまりに早くすんだので、坂を上ってみることにした。
坂は続いているのに、これまで研究所までしか上ろうとしたことがなかった。
新しい試みだ。地図では、坂の上は緑に塗りつぶされている。

研究所から少し歩いただけで、思ったよりも広い空間があらわれた。地図以上に緑で、木が生えて、鳥が鳴いている。
眠れない夜に、森の音の録音を流したことを思い出した。

森の中に、朽ちたような門があった。
くぐったら別の世界に繋がっているにちがいない。もう戻れないかもしれない。

それでも目の前に門があれば、くぐらずには居られないものだった。私も漏れなく、それをくぐらずには居られなくなる。

門を通った先は、やっぱり、別の世界だった。
しかも、ずっと前に私が夢に見た庭だった。

研究で抽出を試みるのとは、また別の夢のことだけど、それとこれもどこかでは繋がっているのだとは思う。
だって頭で想像したものが目の前にあらわれたのだもの。

その庭は昔の外国に似ていた。
この国の人が、外国に憧れて作ったのだろう。そういう時代があったのだ。
昔の人が考える天国とはこういうものだったのかもしれない。

水盆から水が溢れて、花が浮いている。ところどころに小さな建物があって、屋根には瓦が並べられていた。見慣れない文字で石に言葉が刻まれている。

むっとした花の香りの先には、ぬかるみが続いた。
最後まで行きつくと、動物の像がたくさん並んでいる場所に出た。
てかてか光るそれは、じっとこちらを見るものもあれば、こちらを無視しているものもいた。

実はその中に一匹、本物の猫がいた。
猫はいつだって、マイペースなのだ。
私を無視するふりをして、実はこっちを気にしている。ここで生きているものにあったのは初めてだった。

元来た道を戻って、もう一度門をくぐる。来るときは気づかなかったけれど、門の上には鏡が貼られていた。
なんとなく、それに映らないようにする。

くぐり終えると、坂は相変わらずそこにある。元の世界に戻ってこれたらしい。
おまけに、すぐ側に、前から食べたかったパン屋を見つけた。

想像した庭が現実にあって、帰ってくれば、食べたいパンもすぐにある。
世界は完璧だ。


パンを抱えて坂を降りて、研究所の前にたどり着いたとき、私の持っていないものを持つ二人がすれ違ったのを見た。
この人たちは、研究所に通う人じゃなく、たまたま通りかかった人だ。すでに抽出は終えている。

二人は知り合いじゃなさそうなのに、それを持つ人として特有のシンパシーがあるみたいに、ほほ笑みあっていた。
私は、それを眺めていただけ。
まだ研究結果が出ていないから、傍観者であった。

まだ、もう少しだけ足りないものがあるみたいだ。
でもそれも含めて完璧なのだと思った。

研究所帰りの私からは以上です。

20××,4,25

#小説 #手記 #下書


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