私の知らないところで幸せになってね

十年ぶりに中学校の友達と会うことになった。

クラスが一緒のときは、休憩時間の教室の喧騒が嫌で、一緒に階段下の暗いスペースに降りていって過ごしていたのが、その人との一番の思い出だ。

あまり、学校の外で遊んだりすることはなかった。卒業してからはじめて集まったくらい。元々そんな感じだったので、だんだんと会うこともなくなり帰省しても連絡はし合わなかった。年賀状でお互いの近況をうっすらと知っているだけ。

ちょうど旅行で彼女の街を訪れることになり、思い切って連絡をしてみた。話せるかは分からなかったけど、彼女ならあまり変わってないような気がした。


駅で待ち合わせしたその人は、本当に変わっていなかった。そりゃあ大人にはなっているけど、顔を見たらすぐに分かるし、自分でも驚いたけど話はスルスルと出てきて途切れることはなかった。

私たちの中学はとても校則が厳しくて、「あれは理不尽だったね」とか、クラスでおきたちょっとした出来事の話とか、普段は記憶に眠っていることを話して「あったあった」と言いあっていると、私の覚え違いじゃなかったんだなぁと、答え合わせをしている気持ちになった。他のクラスメイトの人たちは、どれくらいあのときのことを覚えているんだろう。


私は中学校がすごく嫌だった、という印象があるので、「あの時は大変だったよね」と言うと、意外にその子はそうでもなかったらしく、同じところにいても認識はこんなに違うんだ!とこれまでの思い込みがひっくり返ったような気持ちだった。てっきり、一緒に階段の踊り場で潜んでいたくらいだから、クラスが嫌なのかと思っていた。彼女にとっては中学は部活の思い出がほとんどで、一生懸命やっていたら過ぎていたらしい。


そんな彼女も、もちろん私も、中学の人と会うことなんてもうほとんどなくて、同級生との繋がりはほぼ切れている。

だけど、彼女は大学で、一生付き合っていたいと思えるような友達と出会ったそうだ。今の職場もいい人ばかりだと言う。大学からその街に一人でやってきて、今も立派にそこで社会人をやっている。もう私とは違う世界で、幸せに生きているんだなと思った。

私たちはお互いに、この十年を一緒にいるような友達ではなかったけど。そうやって知らないところで彼女が居場所を見つけて、幸せにやっているってことが、とても良いことだなと思うことができた。

他の同級生たちも、こうやって私の知らないところで幸せでいるのかなとちょっと考えた。それで、いいんだと思う。別に今さら連絡するつもりもないけど、それぞれその人らしく居ればいい。


大きな駅の中で、「私はこっちの路線だから」とあちこちの方向に矢印が書かれた真ん中で、私たちは別れた。また会えるかもしれないし、もう会う機会がないかもしれない。だけど、こうやってまたゆるゆる繋がっていたらいいかなという気がした。

どっちにしろ気が合うから、中学のときも一緒にいたんだなと再確認した。私は中学のとき、一人が嫌だから友達を選んでいたんじゃないかと少しだけ心配だったのだ。でもそうじゃないとはっきりした。こんなに会ってなくても疲れずに話せるんだから。それくらい波長が合うのは貴重なことだから、やっぱり会いに来てよかったと思う。

また、お互い知らないところで幸せでいて、また何年後かに会ったらいいよね。

#エッセイ #友達 #中学



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koala

エッセイ

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