雨は、平等に

来る時間、間違えた。
とっさにそう思ったのは、ビルから女性たちが笑いあって出て来たときだった。

今日は夫のシャツに付け直すための、ボタンを買いに街にでてきたのだ。夫の転勤でついてきたこの区では、手芸店の入ったビルはオフィス街のはずれにある。

いつものつもりで、主婦コスプレとも言えそうな格好で出てきていた。かぶっただけのポロシャツに楽なガウチョパンツ、丸っこいスニーカーにナイロンのトートバック。
その格好で街にいても特に問題はなかった。
12時前後と18時以降、以外には。

時間を間違えた今日、ボタンを買い終えた私はその街でちょうど12時を迎えてしまった。

昼休憩に入ったOLたちが、次々にあちこちのビルから出てきて、私の周りはあっという間におしゃれな女性だらけになった。

みんなOLコスプレみたいな格好をしている。
ビジュー付きのブラウスにタイトなレーススカート、エナメルのピンヒールに新作のショルダーバック。

いつかに私がしていたOLファッションを思い出して、そんな女性たちの中にいる、今の私の姿を思うと喉のあたりがきゅっとなる。

私はもう、こういう風になることも、こういう女性を目指すこともないのだ。たぶん。


OLだったときには、毎日が考えごとの連続だった。後輩にふった仕事が終わったか、上司に出した書類はいつ返ってくるのだろうか、午後イチのミーティングがすごくだるい、という風に。

主婦になってからは考えるべきこともとくにない。洗濯物を干すときに、今日は雨じゃないか気にするくらいだ。
せっかく洗濯したのに雨に降られるほど、嫌なことは今の生活にはない。

ぽつ、と鼻の頭に水滴が落ちた。

あれ、降ってきた?空を見上げると、ぽつぽつ、ぽつぽつと、今度は雨だとはっきり分かるくらいに立て続けに水滴が落ちる。


そういえば、梅雨入りしたって朝のワイドショーで言ってたなとぼんやり思い出す。
昨日洗濯を済ましておいたので、今日は干していないけど。明日にはまた洗濯機を回したい。この調子で降り続くなら、明日は部屋干しでがまんするか。


そう考えを巡らしながら足早に横断歩道を渡たっていると、すれ違いざま、とびきり綺麗な女性がぼそっと漏らした。

「あーあ、洗濯物、干してきちゃった」

私は思わず振り向いて彼女を見た。巻いた髪が背中で崩れかけていて、ヒールで器用に小走りして遠ざかっていく。


どんなに着飾っても、着飾らなくても。
仕事をしていても、していなくても。

私と彼女の間に、雨は平等に降り注いでいた。
そしてみんなの洗濯物を濡らして、あーあな気分にさせていくのだ。その気分は、きっと私も彼女も変わりない。

私は見知らぬ彼女に、言った。
「それはざんねん、気持ちは分かるよ」
本格的に降り始めた雨の、もわりとした空気に押しつぶされて、声は消えてしまったけどそれでよかった。


ふふっと笑って少しでも、濡れないようにガウチョパンツの裾を上げて、私は地下鉄の駅へと走り込んだ。

#雨の日 #OL #主婦 #アラサー #小説

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ありがとうございます!いい一日になりますように
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koala

女子小説のお部屋

女子による女子のための小説 会社帰りに、休日前夜に、シュワシュワを飲むように

コメント1件

亀野さん ありがとうございます^_^温かい話にしたいなーと常々思っているので、そう言っていただけると嬉しいです!
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