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瀬戸内ドライブ 2

悟は時間通りに車でやってきた。ご自慢の、マツダのなんとかという新車だ。焼き鳥のときもその話ばかりしていて、私は閉口してしまった。車になんて興味ないのに。

「よっ。今日は機嫌いいな」
運転席の窓を開けて、悟はにかりと笑った。ちっとも機嫌なんてよくない。
まぁ、悟がそう言う理由もわからないでもない。

私は今、リボンが長く垂れ下がった麦わら帽子に、黄色い花柄のブラウス、青くて細身のジーパンといういで立ちだ。おまけに胸元にはピンクのサングラスをぶら下げている。見るからにご機嫌でハッピーそうな恰好だ。
気分だけでも、ハワイぶってやるんだとやけくそな気持ちだった。

「悪い?」
それだけ言って、勝手に後部座席に乗り込んだ。
「は? こういうときは普通、助手席に乗るんじゃないん」
悟が振り返って、不満げな声を上げる。
「助手席嫌いだし」
「だからって、俺はお前の運転手かよ」
「いいから、さっさと出発」
命じると、悟はやれやれとアクセルを踏み込んだ。

悟は会っていない間のこと、自分の仕事のことをべらべらと話した。悟は住宅販売の仕事をしている。地元の会社だから、県外転勤はずっとない。この地元の大学に通って、そして地元で就職し、一生ここから出ずに終わるのだ。
 
私は違う。悟たち同級生たちとは、私は違う。
私は東京の大学に進学して、一度東京暮らしを経験した。東京では車なんていらない。だから私は車に興味がない。車を持つ男にも特に興味はわかない。

ここを出たくて仕方なくて、故郷を捨てるように行った東京だったのに。
就職のときになって、私は結局ここに戻ってきてしまった。この先何年も都会でやっていけるのかを考えたら、急に怖くなったからだ。特別ここに戻りたかったわけじゃない。他に行くところがなかっただけ。
 
だからここに帰って来てからも、私の本当の居場所はこんなところじゃないという気持ちが消えない。
結局、私はどこに居ても、そこが自分の場所じゃないような、居心地悪さを抱えて生きている。

悟の話は、カープの試合のことになっていた。今年の戦術はああだこうだと私にはよく分からない話題が続く。適当に「そう」とか「へぇ」とか相槌を打った。ステレオからは、スピッツが流れている。いつまでたっても古びない曲だ。悟は、小学生のころからなぜか知らないけど、スピッツが好きだ。卒業文集か、プロフィール帳か何かに、昔もそう書いていたのを覚えている。

彼は、何の曲が好きだったんだろう。彼は車を持たなくて、一緒にドライブすることもなかったし、もちろんプロフィール帳を書いてもらうこともなかったから、好きな曲なんて知らないままだ。

「瀬戸内ドライブ」3に続く

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