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W杯の経済波及効果は交通事故の経済損失に等しい【未来を生きる文章術001】

 以下に紹介するのは2002年1月9日の文章。連載の初回です。

 初回って、いつも悩みます。連載の初回でその後のトーンが決まってしまいます。この場合だと、新年のあいさつから入って「ですます調」にしたあたりで、身の丈で語っていくという方向で固まったわけですね。
 もっとも大きな方向性は「ニュースを読む眼」という連載のタイトルを編集者と決めた段階で決めています。コンサル風の目線ではなく、日々の中に新しい感性を磨くような内容にしたいと考えていたわけで。
 それに沿った文体を得たのがこの初回原稿ということになります。

 この年はサッカーの日韓ワールドカップが開催された年でした。まずは経済波及効果というわりと一般的な話から連載を始めたというところですね。
 参考までに3兆円という数字ですが、2025年大阪万博の経済効果は2.2兆円というりそな総合研究所のレポートもあり、現在でもおよそこのあたりということでしょう。
 ただ、2020年の東京オリンピックについては、30兆円と一桁違う試算が東京都から出ていますが、こちらはレガシー遺産とされる競技場や道路などのその後の効果を含んでいたりします。
 一方で、交通事故の経済損失は、内閣府の試算で6.3兆円と出てきています。しかし、なんとも、経済的な数字だけで計れるものじゃないなぁというむなしさは、当時も執筆しつつ感じていた気がします。

 というか、そもそもこの二つの数字を並べることには、桁がほぼ同じという以外の意味は無くて。今にして思えば、なんの発見もない文章なんじゃないか、これ、という気もいたします。
 文章の最後に自分のレシートから計算した経済波及効果を紹介しているのは、当時も同様のひっかかりがあったからでしょうね。単なる数字を並べるところから、日常生活風景に落として締めようという魂胆。

 その結果としての「つながりの経済」という結論はともかく、やっぱどうしても強引な感じで、ぎくしゃくしていますね。すみません。
 なお、最後に紹介したサービスは、今も愛媛県の産業連関表のページからダウンロードして利用できます。

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経済波及効果をめぐるあれこれ

 あけましておめでとうございます。本年より「ニュースを読む眼」と題して、旬の話題をインターネット情報をからめながら読み解く小文を担当させていただきます。どうぞよろしくお願いいたします。
 はじめましてという方が多いことと思います。会社の代表や大学の非常勤講師といった一般的に理解されやすい肩書も持ってはいるのですが、ふだんは自宅をベースに仕事をしており、週に2回『今日の雑学+(プラス)』と称するマーケティング情報誌を電子メールで配信する、そんな日々を送っています。

 それで社会に貢献しているのかと問われると、生きているだけでいくらかの経済波及効果はもたらしているのだと答えるほかないでしょうか。
 そんな一日のひとつ、1月4日の新聞夕刊には、仕事始めの様子を報じて「いよいよワールドカップ(W杯)」の文字。大阪市のフーリガン対策や警察庁のテロ対策など、W杯への最終準備の様子が伝えられています。
 経済面では明るいニュースが乏しい昨今、せめてスポーツで明るさを感じたいという願いもあるでしょう。同時に、各地の自治体による出場チームのキャンプ地誘致合戦を見ていると、より直接的に「経済波及効果」に期待する様子です。

 今回のW杯による日本国内の経済波及効果については、電通による試算結果があります。日本がベスト8に進出した場合、建設投資及び消費支出の合計が1兆4188億円あり、全体ではその2.33倍の3兆3049億円の生産を誘発するという内容。
 3兆3049億円。似たような数字を別のところで見かけました。3兆4806億円というのがそれで、日本損害保険協会による発表です。交通事故による年間損失額で、人身事故の治療費や休業損害、物損による経済的損失を合わせた額だとか。
 両者に直接関係があるわけではなく、またこれらの数字に、W杯で生まれる国と国の交流、あるいは交通事故で失われる心の平安といった社会的・心理的効果が含まれているわけでもありません。比較に意味はないけれど、3兆円というのはそのくらいの金額なのだと、なんとなく納得されもします。

 経済波及効果。新しく生じた需要が、直接的な経済効果に加えて、原材料の購入や雇用者の所得増加といった一次波及効果を生み、原材料生産や、雇用者の所得が生むさらなる消費として二次波及効果をもたらす。こうして初期の需要額の何倍かの効果につながるわけです。
 愛媛県が「産業連関表とは」として発表している資料のなかに、「経済波及効果測定システム」というのがありました。こころみに、近くの食料品店で手にした6000円のレシートを需要額として入力。1万4000円あまりの経済波及効果と出ました。
 なるほど、ぼくたちはつながりのなかで経済社会を暮らしているのですね。

ゼロ年代に『日経ビジネス』系のウェブメディアに連載していた文章を、15年後に振り返りつつ、現代へのヒントを探ります。歴史が未来を作る。過去の文章に突っ込むという異色の文章指南としてもお楽しみください。