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シェアリング・エコノミーへの遥かなる序章【未来を生きる文章術010】

 2002年3月13日の原稿。この文章、なんだかすごく惜しいところをかすっている気がします。

 いま、シェアリング・エコノミーが言われますよね。ウーバーとかエアビーとか、何かを分かち合う経済。ここで取り上げているカーシェアリングはまさにその走り。

 文章術というか未来透視術として有効な手段に、今起こっている複数の事象を並べて、その底流にある共通項を見出し、その共通項が持つ本質を将来に向けて伸ばしてみるという方法があります。この文章はその事例。

 この頃は雇用環境が厳しい時代で、雇用を維持するために、たとえば500万円の人件費で一人だったのを二人雇用するといったような考え方でワークシェアリングが語られていました。

 そこに対して、ジョブ・シェアリングの考え方を提示し、ここで視点を転換してカーシェアリングに発展させ、さらに環境教育のシェアリングの視点を持ち込む。その結果、「生活の質」の向上というシェア社会の本質に迫る。これが底流に見出した共通項です。

 惜しいところをかすっているというのは、その本質を延長して「シェア・エコノミー」という未来像まで至らなかったところ。

 とはいえ、この原稿では「シェア」という概念に関して、ワークシェアリングのような「分ける」のではなく、ジョブ・シェアリングやカーシェアリング、環境教育などを取り上げて「共有」的な概念を見出しています。方向性は正しい。

 とすると、この文章の視点からシェア・エコノミーに切り込むことで、もう一歩先の未来を見通すことができるかもしれません。シェア・エコノミーは今後、生活の質を向上させるのでしょうか? 心の豊かさを生み出すのでしょうか? 「夢」をシェアできるでしょうか?

何か欠けているワークシェアリング百家争鳴

 このところワークシェアリングという言葉を見かけない日がありません。従業員一人あたりの労働時間を短縮し、より多くの雇用を確保する。高まる失業率を考えれば、そうした声が高まることは理解できますし、検討も必要でしょう。

 それにしても、このところの状況はキーワードばかりに踊らされている気がします。ワークシェアリングは魔法の杖ではありません。一年後に「そんな議論もしていたっけ」なんてならないよう、腰を落ち着けた議論を望みたいところ。ここはハリー・ポッターや指輪物語の世界じゃないのですから。

 厚生労働省が発表した「ワークシェアリングに関する調査研究報告書」では、ワークシェアリングを次の4つの類型に分類しています。

(1)雇用維持型(緊急避難型)
(2)雇用維持型(中高年対策型)
(3)雇用創出型
(4)多様就業対応型

 現在議論されているワークシェアリングは、社内での雇用を維持するため、従業員それぞれが所定内労働時間を短縮しようというものが中心ですから、このうちの「雇用維持型」だということになります。
 社会全体の雇用を増やしていこうという「雇用創出」の視点、あるいはライフスタイルに応じた多様な勤務を可能とする「多様就業対応型」については視野に入っていないのが実情でしょう。

 ワークシェアリングと似た言葉にジョブ・シェアリングがあります。こちらはひとつの仕事を2人ないし複数の人間で分担することで、時間差や日替わりで仕事を分けあいます。仕事を他の人に任せている時間、その人は地域の活動をしたり、子育てをしたりする。「ファミリーフレンドリー」企業であることが優良企業の条件としてあげられたことがありましたが、その実践例のひとつといえます。自分の生活を豊かにするための「シェアリング」ですね。
 あるいは、これは違った分野の言葉ですが、カーシェアリングという「シェアリング」も今注目されています。都市内に拠点を設けて車を設置、それを複数の人たちが共有するしくみで、環境問題や渋滞問題の解決を目指しています。日本でも実証実験が進められています。

 ジョブやカーなどの「シェアリング」には、自分たちの「生活の質」を向上させようという方向性があります。一方、現在のワークシェアリング論議はどうでしょう。現状維持発想が中心で、未来への視線が感じられません。
 自然の貴さを学ぶ環境学習においても、学習後、自分たちの思いをその場で話し、共有する「シェアリング」が重視されます。自然への思いをわかちあってこそ、活動がよりふくらむからです。
 なにかをわかちあうには、心の豊かさが欠かせません。ワークシェアリングにおいても、時間や賃金といった数字ばかりを考えていては、成功することもない気がするのです。自分たちの生活の質の向上につながる、働く人が夢を「シェア」できる発想を期待しています。

ゼロ年代に『日経ビジネス』系のウェブメディアに連載していた文章を、15年後に振り返りつつ、現代へのヒントを探ります。歴史が未来を作る。過去の文章に突っ込むという異色の文章指南としてもお楽しみください。