見出し画像

ひょうごのお雑煮

 いよいよ師走。年の瀬が近づきます。この時期の会話に多く登場するのが、「お正月にはどんなお雑煮を食べますか?」ではないでしょうか。お雑煮を知ることは、その人の意外なルーツを知ることにもなる、と私(ド・ローカル)は考えてます。
 丸餅なのか、角餅なのか。赤味噌なのか白味噌なのか、それともすまし汁なのか。中の具材はなんなのか。いろいろなお雑煮談を聞くだけで楽しくなります。
 神戸新聞でも、たびたびお雑煮談義が紙面化されています。その一部をご紹介します。

三田のお雑煮探求

(左から)貴志、中央町、母子のお雑煮。聞き取りを基に作ってみた。大根やニンジンの「◯」「□」といった切り方、かつお節の有無にも違いがある

 三田市に長らく住む人々を中心に「あなたの家のお雑煮は?」と尋ねると、市域では「みそ仕立てで、丸い餅(もち)を煮る」というスタイルが基本になっていることが浮かび上がった。ただ、江戸期に三田藩主・九鬼家の縁者だった家と農業者だった家では具材に明らかな違いも。今も地域で異なるのはなぜか。
 白みそ汁に、丸く薄切りした大根を入れ、その上に小芋、ゴボウ、焼き豆腐を飾る。かつお節をふわっと散らして出来上がり。
 「ずっとこれで育ってきたのよ」。中央町に先祖代々住む女性(80)の家は、もともと九鬼家が立ち寄る屋敷だった。男性は赤色、女性は黒色の祝い膳で食べる。屋敷は数年前に手放したが、戦国時代に志摩国(しまのくに)(三重県)で「九鬼水軍」を率いた九鬼嘉隆(よしたか)の家紋「七つ星」の瓦も残っていたという。
 一方で、元貴志区長の前仁司さん宅は、同じ白みそなのに、具は丸くスライスした大根とニンジンだけ。質素な理由を郷土の唄を交えて教えてくれた。
 ♪貴志や深田の灰焼き団子/(灰だらけで)吹いてたたいてせにゃ食えん♪
 一帯は水害が少ない米の豊作地で九鬼家に重宝されるも、「ぜいたくをすれば取り立てがきつくなる」という人々の意識が団子を質素にさせたとし、それが雑煮にも反映されたという訳だ。
 他に、北部の母子出身の檜田(ひわだ)清治さん宅も基本は同じだが、汁は聞き取りで唯一の「合わせみそ」。さらには、特産の母子茶に梅干しを入れた「福茶」も一緒に作るという。
 「みそは今でこそ白が多いが昔は高価だった。だから庶民は自前で作っていたのでは」と市の担当者。母子の合わせみそは、その名残なのかもしれない。
 東部の波豆川(はずかわ)で代々暮らす40代男性宅も基本は同じだが「おぼろ昆布」を入れる。甲南大学の都染(つぞめ)直也教授=社会言語学=は「山間部で採れない食材を入れる点に意味がある可能性がある」と指摘した。
 

(2019年12月31日神戸新聞朝刊) 

但馬のお雑煮探求

「すまし仕立て」の雑煮
「白みそ仕立て」の雑煮
「ぜんざい(小豆汁)」の雑煮

 豊岡市竹野町には、地元の上質なノリと丸餅だけを入れた、赤みそ仕立ての雑煮があると聞きました。「では、他の地域は?」。調べてみると、何ということでしょう! 白みそに小豆ぜんざい、すまし。但馬には、想像以上に豊かな食文化の世界が広がっていました。
 赤みその雑煮を教えてくれたのは、竹野町竹野の花房順子さん(69)。じゃこだしで丸餅を煮込み、赤みそで味付け。真冬に採って干した岩のりを火であぶり、ふりかけたら完成だ。「このあたりでは昔から、各家でみそを造っていました。のりは、12月に採れるものが一番香りがいい」。すがすがしい磯の香りは、竹野ならでは。豊岡市千代田町の40代女性の元日は、合わせみそで丸餅を煮込み、かつお節を振りかけたものか、鶏肉などが入ったすましのいずれかが食卓に。2日は何と「小豆ぜんざい」。雑煮がぜんざいなんて、初めて聞いた。

▼西の県境

 ほかはどうだろう。まずは西の県境を調べよう。新温泉町などで開かれた、山陰海岸ジオパークの懇談会場で尋ねた。
 鳥取砂丘のガイド、鳥取市の山根奈津子さん(56)も「小豆雑煮」だ。粒あんを水で溶き、甘みを出す塩を入れ、餅を入れて丼鉢で。「雑煮と言えばこれしか知らない」。豊岡市竹野町羽入のジオカヌー指導員笠浪幸壽さん(69)も「ぜんざい」で、譲り葉に小豆を添え、神様にも供える。
 鳥取市に隣接する新温泉町はどうか。同町飯野出身の県職員、村尾久司さん(51)は「白みそベースに丸餅」で、小皿に黒豆を添える。同じ町内でも、旧浜坂町出身の新温泉町議、平澤剛太さん(45)は「カツオ仕立てのすまし汁に丸餅」で、鶏肉やニンジンが入るという。

▼香美町

 次は香美町だ。棚田で有名な同町村岡区板仕野の岡田奈智子さんは、西宮市出身。「すまし汁に丸餅二つ」で、飾りかまぼこや鶏、ユズも入る。同町小代区水間の岡田正貴さんも「すまし汁に丸餅」で、上にカツオやサバの削り節をパラパラとかける。「板仕野では、だしと餅、かつお節だけと聞いた」という。
 同町香住区三谷の発酵食品会社「トキワ」で昨年12月にあった料理教室では、同社の調味料を使うすまし仕立ての雑煮を紹介。同区在住の女性社員は「うちは白みそではなく、『合わせみそ』。家庭によって、本当にいろいろですよ」

▼南但など

 東や南但地域はどうか。京都府京丹後市の人は「白みそではなく、普通のみそ」「合わせみそ」と回答。養父市大屋町在住で、天然温泉「まんどの湯」の鎌田薫副支配人(63)は、「合わせみそに丸餅、ネギ、削り節」。同町周辺は合わせみその家が多いという。
 朝来市生野町口銀谷の生野まちづくり工房「井筒屋」の斉藤敬子さん(69)は白みそで、「おわんに丸餅2個、ゆがいたホウレンソウ、かつお節」。地域にはすまし汁の家も。「生野には銀山やその社宅があったので、関東やいろんな地域の文化が混ざっているのでは」と推測する。

 調査をまとめると、但馬地域には「赤みそ」「ぜんざい」「白みそ」「すまし仕立て」「合わせみそ」が混在しているようだ。しかし、境界線は分からない。「谷ごとに言葉が変わる」とも言われる但馬。多彩な食文化は、人の往来や交流の歴史とも密接な関係がありそうだ

(2019年1月1日神戸新聞朝刊)

 日本の雑煮は、なぜ多様なのでしょう。日本の食文化を紹介する福井県小浜市の「御食国若狭おばま食文化館」には、全国の雑煮を一覧にした常設展示があります。展示を紹介する図録によると、関西は「白みそに丸餅」、東日本をはじめ、関西以外の地域は「すまし汁に角餅」と大別できます。
 雑煮は室町時代に京都で誕生しました。白みそが登場するのは戦国時代末期で、昆布だしで煮た丸餅に里芋や大根を入れるのが一般的だったといいます。具は「円満に暮らせるように」と丸い輪切りに。
 雑煮文化は京都から江戸に伝わり、江戸時代に入ると参勤交代によって江戸から全国へと拡大しました。江戸中期以降にすまし汁になり、「敵をのす(討つ)」として、のし餅を切った角餅が使われるようになったといいます。
 同館によると、福井県でも「丸餅に赤みそ(米みそ)、具なしで黒砂糖をのせる」「京都寄りは白みそ」などの南北差や、混在があるといいます。
 「福井なら『鯖(さば)街道』や北前船などの影響も考えられ、人の往来の歴史が反映されているのかも」と同館の担当者。「中身は違えど、『今年も1年、みんなが無事で暮らせますように』との願いは、時代を経ても変わりません」。
 神戸新聞の名物コーナー「イイミミ」でもお正月には、お雑煮談義が定番のように登場します。

▼お雑煮がポタージュに

 父は姫路の出身で、うちの雑煮はおすましにホウレンソウやらカシワの肉を入れるんです。でも、家内が愛知県出身で、雑煮は八丁みそを使うんで、どっちもよばれます。今年も丸餅を焼いて、僕は朝からおとそでお祝いしてました。汁を沸かして、餅を放り込んで、テレビを見ているうちに忘れてしもて。おとそが済んで、さあ食べようと鍋を見たら、ポタージュスープみたいになって。餅が溶けてしもたんです。正平調に「喉に詰めないよう餅は小さく切って」とありましたが、切らんでも詰めんで済みました。でもね、鍋の後始末が大変でしたわ。今月23日で家内は91歳。計182歳の元旦でした。(神戸・須磨、無職、男、92)

 最後は本紙記者たちが故郷(出身地)に思いをはせ、お雑煮自慢を繰り広げました。
 
 <丹波市出身の男性記者>
 白みそ汁で丸餅を煮て、具は細切りの大根とニンジン。仕上げはかつお節をたっぷりと入れます。

 <大阪府堺市育ちの女性記者>
 元旦は白みそ汁、煮た丸餅にほうれん草、小芋、かつお節ですが、2日目はすまし汁、焼き角餅にかまぼこ…と大胆に変化します。聞くと2日目は、祖父が学生時代にいた関東を懐かしんで作るようになったそうです。

 <高知県出身の男性記者>
 土佐らしくカツオだしのすまし汁に、煮た角餅。角餅は静岡から土佐に入った山内家の風習という説も。具は大根、ニンジン、水菜ですが、最近は母親が「パリッとした方が好き」と餅を焼きます。伝統と移ろいは、家庭の料理人次第なのかもしれません。

 <長野県出身の男性記者>
 実家ではハクサイやニンジン、鳥肉などが具だくさんに入ったすまし汁で、角餅でした。一方、豊岡市出身の妻が作るのは、すましのだし汁に丸餅を入れ、かつお節をかけるシンプルなものです。

 <姫路市出身の女性記者>
 両親とも播磨だが、実家の雑煮は三が日で味が違い、元日は白みそ、2日はすまし汁、3日は合わせみそ。焼いた丸餅に、里芋や金時ニンジン、三つ葉、鶏肉が入っていました。

<ド・ローカル>
 1993年入社。私は但馬南部の朝来市出身で、みそ汁に丸餅を入れ、カツオぶしをふりかけるお雑煮で育ちました。その後、京都、東京、神戸、姫路で暮らし、すまし、白味噌、角餅を体験しました。

#正月 #お雑煮 #白味噌 #すまし汁 #ぜんざい #三田 #但馬 #丸餅 #角餅