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【小説】エンドビギニング 1、最初で最後の打席


<物語のあらすじ>

紀元前12世紀。謎の異民族によって、ギリシア人は故郷を追われた。彼らは星空を頼りに筏で海を渡り、太平洋上の小さな島に理想郷を作った。
悲劇と希望、決して忘れてはならないことをこの地に刻んで。

時は流れて、2019年、日本。


【作者からのお知らせ】

Amazonにて電子書籍化しておりますので、
noteでは、各話の一部のみ公開しております!



「事務所に来てくれ。スーツで」

岡野塁は、ただの人になった。
現役最後の打席は見逃し三振。

同期入団の新藤に実力の差を見せつけられる。
黄金ルーキー入団の裏で、ユニフォームを脱ぐ選手たち。

野球に賭けた青春は、ある日突然、崩れ去る。

戦力外通告をあっさりと受け入れた塁は、不完全燃焼のまま、株式会社カイザータックンで営業の仕事を始めた。

「シグマ」と呼ばれる存在を崇拝するカイザータックンのビジネスモデルに塁は違和感を覚えたが、神門社長からの期待に応えるために必死に働く。

砕けるプライド、認めたくない現実に苦しむ塁は、激務に耐えかねて、不思議の国のアリス症候群を発症し、倒れてしまう。

そんなとき、新藤も戦力外通告を受けていた。 あっさり野球を諦めた塁と、食らいつくように野球を続ける新藤、数奇な運命な辿る2人にはある秘密と共通点があった。

どん底を経験した塁は、カイザータックンの本社があるラムダ公国に栄転することになる。

理想郷と呼ばれるラムダ公国は、全世界に電子国民が存在し、あらゆる最先端技術が取り入れらていた。

しかし、そこで待ち受けていたのは、不可解な事件や現象の数々だった。

ねずみ講、子供たちの失踪、人々の体中に浮かび上がる赤い斑点…

人も、何も信じられないどん底の最中、塁が見たものとは…?
そして、塁の見逃し三振に込められた意味とは…?

古代遺跡、交錯する野望、最先端科学...

支配とはなんだ?
働く意味とはなんだ?

究極の選択、何かを得るためには、何かを失う。

目まぐるしく変わる状況の中、
大いなる野望を阻止するため、塁は最後の戦いに挑む。

笑い、涙、絆、冒険、希望、3200年の時を越え。

全ての社会人に捧げる、一度終わった男の再生譚。

世界の全てが詰まった最高のエンターテイメントを届けます!


【α、最初で最後の打席】

 

<紀元前12世紀>

低く垂れ込めた雲が海の上に重く覆いかぶさる。

吹き荒れる風、白いしぶきを上げる波、数メートル先は何一つ見えない闇。

青白い稲光の光に、1隻の船がはっきりと浮かび上がった。


南緯11度18分9秒 東経166度50分0秒、太平洋上に浮かぶ小さな島に上陸した人々は、満身創痍だった。

燃え盛る山、蹂躙される村、故郷から遠く離れて、辿り着いたこの場所。

「終わりではない。ここからが始まりだ」

「そうだね。ここに理想郷を作ろう…」

「伝えなければ…この悲劇を…決して忘れてはならない」

男は女が下げていた首飾りをとると、そこに文字を刻んだ。


λ


夜の空には澄んだ満月が浮かび、その月明かりは人々に希望をもたらした。


<2019年>

「明日、事務所に来てくれ。スーツで」

その瞬間、岡野塁は、ただの人になった。
積み重ねてきたもの、野球に賭けた青春が一瞬で崩れ去る。

自分の意思で引退できるプロ野球選手はほんのひと握り。
わかっていたはずだが、球団担当者の言葉をすぐに受け入れることはできなかった。

期待と希望に胸を膨らませるルーキーたちが入団するたびに、もがき苦しむ老兵たちは居場所を失う。

栄光は一瞬、これから先の人生は、まだまだ長い。

空を駆ける烏は、視界に入っていなかった。



塁の頭に、走馬灯のように浮かびあがるのは、1軍最後の打席となった試合だ。

延長12回裏、ベアーズの攻撃。
勝てば日本シリーズ出場が決まる大一番。

ずんぐりとした首を左右に振る老将は、落胆した表情で塁を見つめた。

「もう、お前しかいないのか… かといって、ピッチャーに打たせるわけにもいかないし…」

「あんたが序盤から代打や代走を使いすぎたんだろう」とは口に出さない。
老将は、小技が使えない不器用な中距離砲の塁を毛嫌いし、昇格後も出場機会を与えていなかった。

「二死走者二塁。スコアは、0-1。タイムリーが最良だが、とにかく繋げ」

塁は口を真一文字に結んで、熱狂渦巻くダイヤモンドに踊り出た。
球場の雰囲気を変えるような一発を、スタンドにぶちこんでやる。彼はそう決意していた。


マウンドでは氷の鉄仮面が仁王立ちしていた。同期入団の新藤翔。甘いマスクで甲子園を沸かせた元ドラ1は、1年目のシーズン終盤からリリーフの要として起用されている。

塁と同じく、プロ入り7年目の25歳の新藤は、不敵な笑みを浮かべた。
目の前に現れたプロ初打席の代打を調理して、勝利を掴もうと思っているのだろう。

新藤を温存していたフライヤーズは、延長12回までもつれ込む展開を頭に入れていたのかもしれない。


足を高く上げ、右肘を曲げたまま、大砲をぶちこむように腕を振り下ろす。

テキサス・レンジャーズ時代のノーラン・ライアンを彷彿とさせる新藤の投球を前に、塁はたった2球で追い込まれた。

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打席をはずし、すうっと深呼吸をする。
球場の雑音は吹き飛び、脳内の思考を整理する。

「年俸は10倍差、出場機会、ファンからの期待、どこを比較しても新藤が上だ。なら、失うものはない」


新藤は大きく振りかぶった。
至って冷静な表情とは不釣り合いなほど、瞳の奥が燃え上がっている。

精密機械であるかと見まがうほど、ライアンとよく似たフォームから繰り出される白球が、指先から放たれた。



乾いたミットの音が鳴り響く。

渾身の一振りが空を切ったわけではなく、塁は新藤の直球に反応することさえできなかった。


見逃し三振。


それは塁が1軍で経験した、最初で最後の打席だった。

歓喜の輪に包まれるフライヤーズ軍の中で、新藤が苦悶の表情を浮かべていたことには誰も気付いていなかった。


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